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2011.10.07

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第30号(2011年10月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない。ハーバードにいる一研究者である筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

  • 栗原 潤
  • 研究主幹
    栗原 潤
  • [研究分野]
    米国情報・ネットワーク

 9月11日、筆者はテネシー州ナッシュビルで迎えた10年前を思い出していた。直前の9月8日、サンフランシスコのオペラハウスで開催された平和条約締結50周年記念式典に参加し、翌9日から日米関係を深化させる活動--「A50事業」--の関係で当地を訪れていた時だった、その日の午後には次の訪問地(ボストン)に飛び、日露戦争時の条約締結の地ポーツマスとボストンでスピーチを行い、そしてワシントンでの記念式典に参加する予定だった。しかし、「9/11」でナッシュビルに足止めを余儀なくされ、幸か不幸か、大変珍しい体験をさせてもらった。今も鮮明に覚えているのは、早朝、ナッシュビルでの式典会場、ヴァンダービルド大学に向かう車中で聞いたラジオ局のアナウンサーの興奮した叫び声だ--「まるでパールハーバーのようです!!」。
 「9/11」を契機に「文明の衝突」という不幸な考えが一時期猛威を振るった。文明の間の差が広がったのか、それとも狭まったのか。その判断は難しい。が、各々の文明の「差の存在」が意識されるようになったことだけは事実だ。グローバル時代を迎えて好むと好まざるにかかわらず見知らぬ国や人との関係を意識する機会が急増した。こうしたなかで価値観の「差」が、不信と恐怖の「種」を生み、更には「無関心」・「無知」・「誤解」がその「種」を肥大化させ、激しい憎悪として爆発したのが悲劇的な「9/11」ではないだろうか。グローバル時代を迎え、我々は如何なる形で理解し合い、「文明の融合」を実現し、そして平和的に共存するのか。残念ながら非力な筆者はその解答を未だ見出せないでいる。確かなことは相手を理解する努力を忍耐強く地道に続けることだ。・・・



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