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2011.08.08

「ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第27号(2011年7月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない。ハーバードにいる一研究者である筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

  • 栗原 潤
  • 研究主幹
    栗原 潤
  • [研究分野]
    米国情報・ネットワーク

 英語教育が小学校で義務化されたが、これに関し賛否双方の意見を聴く機会を得た。対外情報交信のために早期の英語教育を唱える賛成派、発音の問題と英語教育に携わる小学校の先生の訓練不足を指摘する反対派、いずれの意見も、「世界の中の日本」を見据え、国際コミュニケーション技術の訓練方法を巡る熱い主張だ。それが故に賛否は別として頷く点は多い。
 意外かも知れないが、筆者自身は小学校での英語教育に対して懐疑的な人間だ。確かに英語の重要性は否定し難い事実だ。が、筆者は次の6つの理由で懐疑的だ--すなわち、(1)日本人はまず母国語(日本語)で「何を如何に伝えるか」という精神を研ぎ澄ます必要があること、(2)なでしこジャパンや海外で活躍する料理の達人は必ずしも流暢な英語を必要としないこと、(3)幼い時から英語に接することは望ましいかも知れないが、東郷平八郎元帥が20歳を過ぎて英語を猛勉強し、英国留学を実りあるものにした史実があること、(4)英語が堪能でなくても、会計業務や日本国内営業で卓抜した能力を発揮する日本人が必ず存在すること、(5)啓蒙思想家ルソーの教育論『エミール』の中の言葉、「人がなんと言おうと、12歳ないし15歳までは、天才は別として、どんな子どもでも、本当に2つの国語を学べたためしがあろうとは信じられない(Quoi qu'on puisse dire, je ne crois pas que, jusqu'à l'âge de douze ou quinze ans, nul enfant, les prodiges à part, ait jamais vraiment appris deux langues.)」に筆者が賛同していること、そして最後に(6)英語を母国語とする人であっても頭脳明晰な人は少数派で、「床屋談議(barbershop patrons' discourses)」や「素人同士の間で交される愚劣な俗説(cockamamie platitudes among nonprofessionals)」に耽溺している人が多いからだ。
 歴史は遡るが、日露戦争時の日本人エリートは外国語に堪能だった。他方、彼等が指導する一般の人々は必ずしも語学に秀でていなかった。が、そうした一般の人々は現在の一般市民と同じく、勤務態度・軍紀に関し優れていたのだ--帝国連合艦隊の下士官兵は、敵艦名をロシア語で語れなかったとはいえ、敵艦を即座に判別し正確無比な砲撃を行ったのであった。彼等は、バルチック艦隊の旗艦、戦艦「クニヤージ・スワロフ(Князь Суворов)」を「故郷親父坐ろう(クニオヤジ・スワロウ)」、また戦艦「アリヨール(Орёл)」を「蟻寄る」という具合に呼んでいた...。翻ってエリートの外国語感覚は鋭敏だった--マカロフ提督の『海軍戦術論(Рассуждения по вопросам морской тактики)』を巡り、加藤友三郎大佐と鈴木貫太郎中佐との間で交された話や、海戦後に捕虜となったロジェストヴェンスキー提督がロシア皇帝に送る電文を、佐世保鎮守府参謀長の坂本俊篤少将がフランス語で丹念に確認したことは、国際関係を学ぶ者にとって忘れられない史実だ。グローバル時代に新たな「開国」を考える今、先人の努力を学びたいと思うのは筆者独りだけではあるまい。・・・


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「ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第27号(2011年7月)PDF:285.3 KB

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