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2011.06.14

「ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第25号(2011年5月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない。ハーバードにいる一研究者である筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

  • 栗原 潤
  • 研究主幹
    栗原 潤
  • [研究分野]
    米国情報・ネットワーク

 地理的・歴史的に見て、我が国は震災から逃れられない運命、換言すれば震災と共に生きるべき運命にあるといっても過言ではない。従って我々は、こうした運命にある日本が如何なる形でたくましく生きてゆくのかを創造的に考えねばならない。しかもグローバル時代においては、我が国が国際的に模範となるような形で防災先進国を目指す必要があろう。
 今年2月に復刊された岩波文庫のイワン・ゴンチャロフ著『日本渡航記』(-フレガート「パラルダ号」(Фрегат "Паллада")より-)に興味深い一節がある。同書は江戸末期の嘉永6年(1853年)、我が国を訪れた作家で、ロシア帝国海軍のエフィム・プチャーチン提督の秘書、ゴンチャロフが残した記録である--「地震は度々ありますか? («Часто у вас бывают землетрясения?»)」とのロシア側の質問に対し、幕府の通詞は「山が崩れ、家が倒壊するのです («Горы расседаются, и домы падают.»)」と答えている。翌1854年、プチャーチン提督は再度来日したが、果たしてロシア海軍の新鋭艦で旗艦の「ディアナ号(Диана)」は、下田港に停泊時、安政東海地震で発生した大津波の直撃を受けて沈没する。この時、提督は伊豆の戸田港において日本人の船大工を指導し、洋式船「ヘダ号(Хэда)」を造りロシアに帰国する。かくして大震災時に生れた造船技術に関する日露間の絆は、後年、戸田の船大工(上田寅吉)を通じて横須賀海軍工廠の創設に貢献することとなった。
 現在の日本もまた、原発事故、グローバル・サプライ・チェーンを通じて、諸外国と複雑かつ高度な絆を強める時を迎えている。このため、我々は真摯な姿勢と明瞭な言葉でグローバルな情報交換を積極的に行うことが枢要であろう。・・・・


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「ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第25号(2011年5月)PDF:292.6 KB

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