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2018.09.05

米中貿易戦争、トランプが設けた高すぎるハードル-関税引き上げの「脅し」は同盟国には効いても、中国には通用しない-

WEBRONZA に掲載(2018年8月22日付)

  • 山下 一仁
  • 研究主幹
    山下 一仁
  • [研究分野]
    農業政策・貿易政策

 中国商務省の次官が8月22日から23日にかけてアメリカを訪問し、財務省の国際問題担当の次官と協議することになった。米中両国の首脳が参加する11月のAPEC首脳会議等の場で、貿易問題について協議する予定であることも報道されている。


外交と内政は表裏一体

 外交と国内問題は異なるものだと考えられているかもしれないが、実際にはコインの表裏の関係にある。

 日本国内に牛肉の生産者がいなければ、牛肉の関税をゼロにすることに誰も異議を挟まないだろう。消費者が安く牛肉を購入することができるというメリットがあるだけで、生産が減少するというデメリットはない。関税撤廃の抵抗勢力として名をはせている農林水産省も、国内で生産のないものについては、関税の削減や撤廃に応じてきた。

 外交の成果は利害関係者も含めた国民が納得できるものでなければならない。それによって特定の業界に被害が及ぶようだと、その説得のために国内対策が必要となる。

 これまでも関税引き下げ等の貿易自由化交渉では影響を最小限にするように交渉が行われてきたし、それでも合意の結果、影響があると心配された場合には、必ず国内対策が打たれてきた。牛肉・柑橘の自由化、ガット・ウルグァイ・ラウンド交渉、TPP交渉などである。

 古くは、沖縄の本土復帰の引き替えに繊維製品のアメリカ輸出を減少するために行われた繊維交渉の際には、余剰となる機械の政府買い上げや業界への救済融資、貿易以外では、世界各国が200海里水域を設定した際に漁場が減少した漁業者を救済するための減船対策などが打たれてきた。

 今回の米中貿易戦争でも、中国の大豆関税引き上げに対して、トランプ政権は1.3兆円の農業救済措置を講じた。このように、外交は国内問題と常に背中合わせであり、国内の関係者を考慮しながら外交は行われる。


EUに効いた「関税」の脅し

 これまでトランプ大統領は「関税とは良いものだ。困った国は止めてくれと譲歩してくる」という趣旨のことを支持者向けにたびたび発言してきた。

 その良い例がEUとの合意である。自動車の関税を上げると言ったら、EUはそれを止めてもらう代わりに「自動車以外の関税をゼロにし、大豆の輸入を増やすと言ってきた」とトランプは強調している。日本も自動車の関税を上げると言ったら牛肉の関税を引き下げると言ってきた、というのだろう。相手から譲歩を引き出すための手段として関税の引き上げを使おうとしているのは明らかだ。

 EUの大豆輸入の拡大は全く内容のない約束だった(参照「トランプの農業救済は逆効果」)。しかし、トランプの言うことなら全て信じるという現在の共和党支持者向けの演説としては、当面中間選挙が終わるまでは有効なのかもしれない。

 トランプは8月22日に始まる今回の協議について「中国も自分のシナリオ通り、関税の引き上げの代わりに協議に応じてきた」と言いたいのだろう。しかし、中国の場合は政治的・軍事的な同盟国であるEUとは事情が異なる。


米中交渉はEUのようにはいかない

 第一に、EUは自動車の関税を上げると言ったら譲歩してきたというものであり、実際にアメリカが自動車の関税を上げたわけではない。トランプとしては、関税の引き上げを「脅し」として使うだけで、何も譲らずに利益を得ただけだった(と支持者に説明できる)。

 しかし、中国とはやられたらやり返すという形で互いに関税の引き上げを行っており、全面的な貿易戦争に突入している。

 中国としては、アメリカの一方的な関税引き上げは明らかにWTO違反であり、中国が関税の引き上げを止めるならアメリカも関税を元に戻すべきだ、と主張するだろう。交渉の構図がEUの場合とは違うのである。

 トランプの頭の中にある通商交渉のモデルは、1980年代から90年代にかけての対日通商交渉だ。アメリカの安全保障の傘の下にある日本は通商交渉で徹底的にアメリカと戦うことはできなかった。アメリカの言うことを聞かざるを得なかったのである。現通商代表のライトハイザーも当時の対日通商交渉を経験した人物である。

 当初、トランプは中国がやり返してくるとは思っていなかったに違いない。対EUと同様、超大国のアメリカが関税を上げると脅すだけで中国は譲歩すると思っていたのだろう。大きな誤算である。

 このため、中国に知的財産権等で譲歩させるならアメリカも別の点で譲歩するしかないという交渉の構図になってしまった。トランプとしては、中国が一方的に悪いという主張を支持者に繰り返している以上、そのような譲歩について支持者からの理解をえることは困難だろう。

 逆に、中国が一方的に譲歩するだけの交渉結果では、今度は習近平が中国の共産党や国民に説明できなくなる。


対中貿易赤字の大幅縮小は可能か?

 より重要なことは、トランプが「中国が譲歩してきた」と支持者やアメリカ国民に対して主張できないような交渉結果である限り、米中貿易戦争は終わらないということだ。

 トランプ自身が二つの高い交渉目標、ハードルを設定してしまっている。それを中国側がクリアーしていることをトランプはアメリカ国民に示さなければならない。

 一つ目のハードルは、対中貿易赤字の大幅な縮小・解消である。

 トランプの思考は単純である。2国間の貿易でアメリカが黒字なら勝ち、赤字なら負けだ。しかも、赤字の場合、相手国がアメリカの人の良さにつけ込んでいるというのである。

 中国の輸入、アメリカの輸出を拡大するためには、中国側の関税引き下げを要求することになろう。しかし、アメリカの関税は既に低いので、これは中国の一方的な関税引き下げになる。しかも、自由貿易協定を結ばない限り、中国は全世界に対して関税引き下げを約束せざるを得なくなる。このとき他の国が輸出を増やせば、アメリカの輸出が増えるとは限らない。

 逆に、アメリカの輸入、中国の輸出を縮小するためには、どういう手段があるのだろうか?

 アメリカがWTOで約束した以上に関税を引き上げることはWTO違反である。また、80年代に日本が対米自動車輸出で行ったような自主規制はWTOで禁止されている(なお、WTO上の灰色措置だが、輸出税をかける途もないわけではない)。

 残された手段は、通貨である。為替レートを「ドル安、元高」にすれば、中国からの輸出を減少させることができる。これは事実上、中国からアメリカへの輸出すべてにアメリカが同率の追加関税をかけ、アメリカからの輸入すべてに中国が同率で追加的に関税を引き下げる(現在関税が低い品目についてはマイナスの関税になる)のと同じ効果を持つ。

 しかし、これは貿易政策に金融政策を従属させることに他ならない。また、中国は金利操作などマクロ経済政策の重要な手段を奪われることになる。中国は主権的権利の一つを奪うような要求を受け入れないだろう。


米中の覇権争いはごまかせない

 次のハードルは、中国による知的財産権の保護や中国への投資に際しての技術移転要求の禁止などである。この問題を解決するため、中国との交渉相手を通商代表部ではなく財務省としたのだろう。

 この問題と貿易赤字の問題を解決する一つの方法として、関税撤廃に加え知的財産権や投資も含めたTPP協定並みのレベルの高い米中自由貿易協定を結ぶ方法も考えられる。しかし、アメリカ側に譲るものがなければ、中国が一方的に譲るだけの協定となってしまう。しかも、このような高いレベルの協定を受け入れられるだけの体制が中国に備わっているかどうかも疑問だ。中国として受け入れることは難しいだろう。

 この問題は根が深いものがある。中国が台頭し、AIIB(アジアインフラ投資銀行)や一帯一路などでアメリカの地位を脅かすようになってきた。このような中で、アメリカ議会や知識人などの間で将来中国にアメリカは負けるのではないかという脅威論が高まり、対中強硬派が勢いを増している。

 さらに、中国は先端技術などの面でも世界でトップの製造業を確立しようとする「中国製造2025」を掲げる。そのために中国は投資などを利用してアメリカから不正な方法で技術を盗もうとしているという批判が強い。

 つまり、これは中国とアメリカの覇権争いの一面なのである。トランプにとっては、アメリカ国民を説得できるような合意を中国から取り付けなければならない。EUの大豆輸入拡大のようなごまかしは効かないだろう。

 このように考えると、トランプ政権もアメリカ国民を納得させられ、習近平も中国国内を納得させられるような合意を達成することは、相当難しいと言わざるを得ない。しかも、今回の交渉の対象の一つは貿易収支であり、黒字が良くて赤字が悪いという思考の持ち主たちにとっては、一方の利益は他方の損失である。つまり、ゼロサムゲームをしているのであり、どちらも利益を得るというウィンウィンのゲームにはなっていないところに問題解決の難しさがある。

 トランプ政権がそれでも今回、中国の交渉団を受け入れた背景には、できる限り早く中国と手を握りたいという弱みと焦りがあるのではないかと思われる。そのような事情を次の記事で説明したい。

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