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2017.10.11

安倍政権に米の輸出ができるのか?-歴史上の人物である西原亀三の〝優良品廉価主義〟に学んではどうか-

WEBRONZA に掲載(2017年9月27日付)

明治の中ごろまで、米はヨーロッパなどに輸出されていた

 米の輸出拡大が安倍政権の中で取り上げられるようになった。産地形成と積極的な海外市場開拓を行い、2019年に現在の1万トンの輸出量を10倍の10万トンにするのだという。

 その背景には毎年8万トンずつ、米の国内需要が減少していることがある。国内の需要が減少している分を海外で取り返そうというのだ。しかし、10万トンでも今の米生産量750万トンの1.3%に過ぎない。

 実は、明治の初めから1890年ころまで、米は生産量の15%ほどが輸出され、重要な輸出産品だった。明治初期には米が輸出されることで国内供給が減少して米価が上昇して消費者の家計に大きな影響が出ることのないよう、米に輸出税が課されていた。

 明治の中ごろまで、米は主としてヨーロッパなどに輸出された。ヨーロッパに輸出する場合、輸出税や運送費等の諸経費がかかるが、国内米価が低下すると、これらを払っても輸出するほうが有利となる。このため、国内米価はヨーロッパの米価から輸出税や輸出経費を引いた額以下には低下しない。これより下がると輸出が行われて国内供給量が減少し、国内価格は輸出価格まで上昇するからである。つまり輸出は国内米価の下支えの役割を果たしていた。

 しかし、経済が発展して国民所得が向上し、国内の米需要が増加した結果、1890年代の後半からそれまで生糸、茶と並んで、三大輸出品目だった米が輸出できなくなった。そればかりか、不作の年には外米を輸入するようになった。

 こうして食料の自給達成ということが、農政の目標になるようになった。初代農商務大臣の谷干城や横井時敬・東京帝大教授たちは「食料の独立」という主張を始めた。今で言うところの食料安全保障である。これが米の関税導入運動につながっていった。農業保護の始まりである。


貿易についての真実を理解していた戦前の農業関係者

 米が輸出できなくなった理由や関税が必要となった理由は簡単である。米価が国際価格よりも高くなったからである。安ければ輸出できる。高ければ輸出できないし関税が必要になる。簡単な真理である。

 戦前の農業関係者のほうが、貿易についての真実をより理解していた。

 昭和の初め、京都府で最も貧しい村と言われた与謝郡雲原村(現福知山市)で、画期的な農業・農村改革が実践された。リーダーは戦前に政界の黒幕として活躍し、中国を援助するための対中借款、いわゆる西原借款を推進した人物として有名な西原亀三(1873-1959)である。

 東アジア経済の救済・発展を目指していた西原は、国際経済を視野に入れながら農村振興が行われるべきだと考え、産業が国際競争力を有するよう、価格を下げていくべきだと主張した。

 「吾々が国際経済の環境に棲息して、その生活の安定―幸福の増進を期待するなれば、何としても優良品廉価主義にならなくてはならぬ、そして優良品廉価を必然とする社会組織を構成せなければならぬのであります」

 〝良いものを安く〟供給すること、これこそ現在の日本の輸出産業が目指しているところである。人口が減少し、地域の産品に対する需要が減少していく中では、農業に限らず、地域経済の再生・活性化には、グローバルの視点が欠かせない。そして、国際市場で競争していくためには、西原の主張する〝優良品廉価主義〟が欠かせない。そのために西原は思い切った農地の統合・整理、区画化を断行した。貧しかった雲原村は、活気のある村となった。戦前は、近衛文麿、小磯国昭らが同村を訪問してその成果をたたえ、戦後はGHQにも日本農村のモデルだと評価されるようになった。


簡単な真理を理解できない今の農政担当者

 しかし、残念ながら、この簡単な真理が、今の農政の担当者には理解できない。

 外国から農産物が輸入されるときは国産の価格が高く価格競争力がないので関税が必要だと訴えるのに、日本の農産物を輸出するときは品質が良ければ売れるはずだと主張し、価格競争力の重要性を認識しない。

 矛盾した思考である。日本米の品質は良いのだが、価格が輸出拡大のネックになっていることは、輸出を行っている現場の人達が日常感じていることである。

 あるいは、農政の担当者はそれほど愚かではないのかもしれない。輸出等の市場拡大に取り組む産地に10アール当たり2万円の交付金を払うのだという。これで輸出価格を引き下げようというのだろう。しかし、これはWTOで禁じられている輸出補助金である。

 日本政府もトランプ政権のようにWTO無視を打ち出すのだろうか?

 価格競争力を上げるためには、減反を廃止して米価を下げるだけでよい。米価は60キログラム当たり1万4000円から7000円に低下する。影響を受ける主業農家には直接支払いをすればよい。その額は今の減反補助金の半分で済む。

 日本からの輸出価格が1万2000円だとすると、商社が減反を廃止したときの国内価格7000円で買い付け輸出に回せば、国内の供給量が減少して価格は1万2000円まで上昇する。明治期と同様、輸出は国内米価の下支えの役割を果たすのである。

 直接支払いは減額できる。1万2000円の米価では翌年の米生産は1130万トン程度に拡大する。輸出は360万トン、輸出金額は7000億円程度になる。さらに収量の増加を抑えてきた減反の廃止で、収量の高い米の品種が作付けされるようになると、米生産は1500万トン以上に拡大する、輸出は量で750万トン、金額では1.5兆円程度になる。現在の政府目標の10万トンどころか、現在の米の生産量と同量の輸出が可能になるのである。

 これは危機時の食料安全保障の確保につながる。食料危機によって輸入が途絶えたときには、輸出していた米を食べて、飢えをしのぐとともに、米輸出によって維持した農地資源を、カロリーの高いイモなどの生産に最大限活用しながら、国民生活に必要な量を確保するのである。平時の米輸出は、危機時のための米備蓄と農業資源の確保の役割を果たす。しかも、倉庫料や金利などの金銭的な負担を必要としない備蓄である。


歴史上の人物に学ぼう

 安倍政権の減反廃止はフェイク・ニュースだった。

 農林水産省と自民党農林族の思惑通り、エサ米への減反補助金の大幅増加によって、エサ米生産が増加、主食用米の供給が減少して、米価は2014年の1万2000円から、2015年1万3000円、2016年1万4000円と右肩上がりに上昇している。今年もさらに上がる見込みである。

 輸出に必要な価格競争力をつけるどころか、逆行する政策をとっているのである。米の輸出は増加するどころか減少するかもしれない。

 安倍総理は、2014年9月、臨時国会の所信表明演説の最後で、古橋源六郎という幕末・明治の農業指導者に言及した。それほど古くない歴史上の人物である西原の〝優良品廉価主義〟に学んではどうだろうか?

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