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2017.08.21

牛肉の輸入制限は問題なのか?

WEBRONZA に掲載(2017年8月2日付)

新たな摩擦への懸念

 冷凍牛肉の輸入が対前年同期比で117%を超えたため、8月から来年の3月末まで、冷凍牛肉について緊急輸入制限(セーフガード)が発動され、現在の38.5%の関税が50%に引き上げられる。

 これによって、一部の外食業界からは関税の引き上げを商品価格に転嫁できないので収益が悪化するとか、輸出先のアメリカとの間で新たな摩擦が生じるという懸念が表明されている。


輸入制限とは何か?

 輸入制限(セーフガード)とは、外国からの輸入が急増したときに、影響を受ける国内産業を救済するためにとられる措置のことである。

 実は、セーフガードには、いろいろな種類のものがある。まず、工業製品も含め、最も代表的で一般的なものは、WTO(世界貿易機関)の前身のガットの時代から認められているものである。このセーフガードを発動しようとするときは、調査を行って、国内産業への重大な損害が生じていると認めることが必要である。また、発動後、一定の期間は再発動を禁止される。

 このように、発動のための条件は厳しいのだが、WTOでこれ以上は関税をとりませんと約束している以上の関税をとることができる。

 例えば、ある品目について50%以上はとらないとWTOで約束していても、80%に引き上げることが可能である。また、関税の引き上げだけでなく、これ以上の輸入量は認めないという数量を制限することも、認められている。

 もちろん、輸出国は不利益を受けるわけなので、輸入国は何らかの補償(例えば別の品目の関税引き下げ)を輸出国に提供しなければならない。それができなければ、輸出国は、これに対抗して、別の品目の関税を引き上げるなどの措置を講じることができる。


ウルグアイ・ラウンド交渉で認められた農業のセーフガード

 農産物については、特別なセーフガードがある。

 WTO農業協定には、ウルグアイ・ラウンド交渉で関税化した品目だけに認められているセーフガードがある(同協定第5条)。関税化とは、〝非関税障壁〟と言われる関税以外の輸入制限措置、例えば、何トン以上の数量の輸入は認めないという措置を関税に置き換え、関税以外の措置は認めないことにしたものである。

 同交渉で日本が関税化した品目に、コメ、麦、乳製品などがある。これらの品目については、輸入数量が一定数量以上増えたり、輸入品の価格が一定以下に下がったりすると、関連する国内産業に影響があるかどうかを調査しなくても、自動的に関税を引き上げることが認められている。ただし、輸入数量を制限することは認められていない。その一方で、輸出国が対抗措置を講じることも認められていない。

 今回問題となっているのは、ウルグアイ・ラウンド交渉で、日本と米国の間で、日本への牛肉や豚肉の輸入が一定の数量を超えれば、関税(牛肉については38.5%)をWTOでこれ以上は上げないと約束している関税の上限水準(同50%)まで引き上げることを約束したものである。

 当時、牛肉については、ウルグアイ・ラウンド交渉とは別に行われた日米牛肉・かんきつ協議で、輸入制限を関税化し、当初設定した70%の関税を50%に下げていた。

 ウルグアイ・ラウンド交渉で日本はこれ以上引き下げられないと主張したのに対し、米国はさらに引き下げるべきだと主張した。このため、38.5%に引き下げるものの、輸入が一定量を超えると50%に引き上げることができることで妥協したのである。前に述べた二つのセーフガードと異なり、WTOで約束している関税の上限までしか引き上げられない。

 なお、米国と交渉した結果ではあるが、豪州など他の国からの輸入も含めた全体の輸入が増加すれば、すべての国にセーフガードを適用することとした。


TPPと日豪自由貿易協定の牛肉セーフガード

 未発効ではあるが、TPP(環太平洋経済連携協定)では、牛肉について関税削減の初年度は関税を27.5%に削減する代わりに、TPP参加国の輸入実績の10%に相当する59万トンを超えたときに38.5%に引き上げるセーフガードが認められた。

 その後、関税が引き下げられる(16年後9%)につれて、セーフガード初動基準量も引き上げられる(同73.8万トン)とともに、セーフガードとして引き上げられる関税の水準も逓減する(同18%)こととなっている。

 同様に、日豪自由貿易協定では、冷凍牛肉については本年度の関税は27.2%(2031年度は19.5%)、セーフガード初動基準量は20万トン、セーフガード関税率は現行の通常関税の38.5%となっている。

 日豪自由貿易協定の締結によって、豪州には上記のウルグアイ・ラウンド交渉で約束されたセーフガードは適用されなくなった。このため、今回発動されるセーフガードは、日本への二大牛肉輸出国である米国と豪州のうち、米国のみに適用されることとなる。豪州産には27.2%(セーフガードで引き上げられても38.5%)の関税しかかからないのに、米国産には50%の関税がかかることになる。


国民生活への影響はないのか?

 輸入牛肉には、冷凍(フローズン)と冷蔵(チルド)がある。これには一長一短がある。冷凍は保存がきくと言う点で有利である。他方で、冷凍すると水が氷になる過程で膨張するため、牛肉の繊維がダメージを受けると言う問題がある。このため品質的に劣る冷凍は冷蔵よりも価格が安くなる。冷蔵はこの逆である。

 このような違いから、スーパー等の小売りから一般の家庭が購入する牛肉や、比較的高級な外食店で提供されているもののほとんどは、冷蔵牛肉である。冷凍牛肉は、一部の外食店で提供されたり、レトルトカレーやハンバーグなどの加工食品の原材料として使用されている。

 今回のセーフガードの発動は、国内の牛肉需要が増えて輸入も増加したと言うのではなく、米国産牛肉の対中国輸出が解禁されそうなので、米国産を確保しようとした商社の駆け込み的な輸入によるものである。

 ということは、米国産の冷凍牛肉の在庫が増えていると言うことであり、一部の外食店の原料確保が直ちに困難となるというものではない。また、8月以降輸入が禁止されると言うものではなく38.5%から50%へ11.5%引き上げられるに過ぎない。

 しかも、どちらかと言うと、米国産は冷蔵牛肉が多く、豪州産は冷凍牛肉が多い。したがって、米国産の冷凍牛肉の関税が引き上げられたとしても、豪州産による代替的な輸入は可能であり、米国産冷凍牛肉にこだわりのある一部の外食企業を除いて、影響は軽微ではないかと思われる。


米国政府のクレームにどう対処するのか?

 今回、セーフガード発動が公表されてから、ある新聞社からコメントの依頼があった。一部の外食産業から経営に影響が及ぶと言う話や米国が問題視するかもしれないという話を聞いて、このセーフガードに対する批判的なコメントを期待したのだ。

 しかし、以上のように国内への影響は軽微であるし、米国との関係でも、そもそも米国と協議して決めた措置であり、また、農林族が既得権をいささかでも譲らないという態度を示している中で、農林水産省が譲歩できるはずがない。さらに、米国がTPPから離脱しなければ、日豪自由貿易協定よりも有利なTPPによる低い関税やセーフガードの恩恵を受けていたものであり、米国産が豪州産より不利になるという結果は、米国の自業自得である。米国が文句を言って来れば、TPPに戻って来いと言えばよい。

 残念ながら、私のコメントはこの新聞社には採用されなかったようである。

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