本文へスキップ

2016.11.18

守るも攻めるもトンチンカン-TPP国会論戦

WEBRONZA に掲載(2016年11月2日付)

米のSBS米の調整金問題-本質は何か

 10月31日の環太平洋経済連携協定(TPP)の国会質疑を見た。質問するほうも答弁するほうも的を外しているようだ。

 まず、米のSBS米の調整金問題について、政府の調査と、日本農業新聞などのマスコミの調査との食い違いが野党議員から執拗に追及され、農林水産大臣は民間の調査にコメントする立場になく、政府側の再調査は必要ないと答弁した。

 この答弁に満足しない質問者がさらに大きな声を張り上げて、再調査を求めるというシーンが繰り返された。

 政府の立場に立てば、いくら恫喝(どうかつ)されても自己の調査の合理性・正当性を主張して譲らない農林水産大臣の対応は立派である。

 しかし、問題の本質は、野党議員が攻めているような調整金の授受自体にあるのではない。


TPP反対論は論理破たんしている(WEBRONZA)
輸入米価価格の偽装をめぐる本当の問題とは何か(WEBRONZA)

 輸入業者が政府に申告していた高い輸入米価格と実際の価格との差を、調整金として卸売業者に渡し、卸売業者は実需者に、調整金の全部、または一部だけ安く値引き販売していたのではないかというのが、問題の発端である。これが事実だとすると、農林水産省が、輸入米と国産米との価格差がないのでTPPで輸入米が入っても問題はない、と説明していた前提が崩れてしまう。

 問題の本質は、この農林水産省の説明が間違っていることなのだ。

 輸入米と国産米とでは品質格差があるので、国産米より安く売らないと輸入米はさばけない。野党が真実だとする日本農業新聞の記事自身が、品質格差を前提としたこのような米業者の行動を報道しているのだ。業者が輸入価格を不正に申告していた調整金問題は、この品質格差を明るみに出したにすぎない。



肥育ホルモンと牛肉輸入

 次に、食品の安全性について、牛肉の肥育ホルモンや塩酸ラクトパミンという薬剤が、アメリカ、カナダ、豪州では国産にも輸入にも認められ、EU、中国、ロシアでは国産にも輸入にも禁止されているにもかかわらず、日本では国産には禁止されている一方、輸入牛肉には認められているのはダブルスタンダードだ、という観点から質問が行われた。

 まず、これらの肥育ホルモンや薬剤を使用しているかどうかの表示義務をかけて、消費者が選べるようにすべきではないかという質問に対し、食品安全問題担当大臣は、これらは牛に投与されたのち排出され、牛肉からは検出できないので、使用しているかどうかの表示が正しいかどうかを検証できないので困難だと答えた。

 次に、肥育ホルモン等を使用した牛肉がどれだけ輸入されているのかという質問について、厚生労働大臣のすれ違い答弁が続き、これに納得しない質問者が同じ質問を繰り返した結果、厚生労働大臣が最後に、何トン輸入されているか把握していないと答弁した。これに対して質問者は、そんなことも調べていないのは問題だと追及した。

 しかし、食品安全問題担当大臣の答弁にもあるように、肥育ホルモンは牛肉から検出されないのだ。検出されないものをどうやって検査できるのだろうか。

 厚生労働大臣は堂々と検査できないものは検査できないと答えればよかったのだ。もし私が厚生労働大臣だったら、そのうえで次のように付け加えるだろう。

 「質問者の用意したパネルにあるとおり、肥育ホルモンは赤身を多くしてしまう。日本の消費者は赤身の牛肉を好まない。だからグラスフェッド(草肥育)ではなく、グレインフェッド(穀物肥育)の脂肪分の多い牛肉を輸入してきた。肥育ホルモンを投与された牛肉の輸入はそれほど多くはないのではないかと推測される」



遺伝子組み換え食品の表示

 また、遺伝子組み換え食品の表示について、しょうゆや大豆油には遺伝子組み換え大豆を使ってもそのDNAが残らないので、遺伝子組み換え大豆使用という表示義務はなく、豆腐には、遺伝子組み換えのDNAが残るので遺伝子組み換え大豆使用という表示義務がある。

 しかし、遺伝子組み換え大豆使用と表示した豆腐はないので、これは有名無実な規制であるという指摘がなされた。しかし、これはトンチンカンな指摘である。

 消費者が、遺伝子組み換え大豆使用と表示した豆腐を食べたがらないので、業界が豆腐に遺伝子組み換え大豆を使用しないだけなのである。表示義務がなければ、業界は豆腐にも遺伝子組み換え大豆を使用するに違いない。



TPP協定の食品安全規定

 条文的には、野党議員から科学的な情報が十分ではないときにも規制を導入できるという予防原則がWTOのSPS協定にはあるのに、TPP協定にはないのは問題ではないか、という指摘がなされた。

 しかし、TPP協定第7.4条は、WTO・SPS協定の権利義務を制限するものではないとしているので、TPP加盟国は引き続きWTO・SPS協定の予防原則を援用できる。

 同議員は、TPP協定第7.17条で貿易上問題があるときは技術的協議が行われ、その内容が秘密にされることから、国民の知らないところで食品の安全性が損(そこ)なわれるのではないかとも指摘した。

 しかし、これは協議(交渉)のやり取りが秘密にされるというだけで、実際に食品の安全規制を変更する場合には、政府は食品安全委員会に諮(はか)って透明性を保ちつつ決定するので、問題はない。

 実は、TPP協定にはWTO・SPS協定と整合的ではない危ない規定がある。

 それは、同協定第7.9条2である。くわしくは小著「TPPが日本農業を強くする」を読んでいただきたいが、国会で取り上げるのであれば、この規定である。

 総じていうと、野党議員の指摘も当を得ていないが、答弁する担当大臣にも勉強不足が目立つ。

 食品安全の担当大臣なら、WTO・SPS協定やTPP協定のSPS章くらいは読んで理解して国会の論戦に臨むべきだろう。審議時間を積み重ねても、議論は深まらない。


同シリーズコラム

同シリーズコラムをもっと見る

山下 一仁 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

山下 一仁 その他コラム・メディア掲載/論文・レポートをもっと見る

マクロ経済 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

コラム・論文一覧へもどる