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2016.01.12

TPPは農業に影響を与えないのに不要な農業対策がなぜ行われるのか

ダイヤモンドオンライン に掲載(2015年12月25日付)

TPPは国内農業に全く影響を与えない

 農業界は、TPP交渉における"例外なき関税撤廃"の要求におびえ、TPPへの大反対運動を展開した。その結果、米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖など、重要5品目について関税撤廃の例外とすることが実現した。すると農協はTPP反対運動から、国内対策の獲得へと運動方針を転換した。

 TPPは、乳製品の一部を除き、国内農業に全く影響を与えない。農業界の意を体して、日本の交渉者は上手に交渉した。一部の農家に影響があると言う声を紹介しているメディアもあるが、多くの農家は、農業政策、とりわけ複雑な農産物貿易制度について、確かな知識を持っているわけではない。農林水産省が世論を意図的に誘導しているとしたら、国内対策を獲得するために、影響がないのに影響が出るかもしれないと述べていることになるのだ。すでに、15年度補正予算で、約3000億円の農業対策予算が組まれている。

 TPP交渉以前に、農産物については、全体の24%の品目がすでに税率ゼロ、48%が20%以下となっている。今回、関税が撤廃される品目の現行関税は、ニンジン、ダイコン、キャベツ、レタス、ホウレンソウなどは3%、玉ねぎ8.5%、キウイ8%、サクランボ8.5%、ワイン15%、オレンジ16%(みかんとダブる期間は32%)、オレンジ果汁21~30%、リンゴ17%、である。

 これらは重要5品目ではなく、関税撤廃を想定していた品目だ。しかも、この2年間で、為替レートは50%も円安になっている。つまり、100円で輸入されたものが、今は150円で輸入されていることになる。ある産品で49%の関税が撤廃されたとしても、輸入品の価格(150円)は関税込みの2年前の価格(100円+49円=149円)よりも高い。49%以下の関税が撤廃されても、農業に影響はない。これは38.5%の関税が、9%に削減される牛肉にも言えることである。

 牛肉については、91年に輸入数量制限を廃止したときの関税は70%だった。現在の関税はその約半分に下がっている。しかし、和牛生産は、自由化前の18万トン程度の水準から23万トン程度へと増えている。乳用種に影響が出るかもしれないが、生産額が少ないので、財政で補償しても大きな金額にはならない。乳用メス牛から和牛を生ませる受精卵移植も普及している。

 豚肉については、業者は高い関税と低い関税が併存している複雑な関税制度をうまく利用し、4.3%の関税しか実際には払っていない。これがゼロになったとしてもほとんど影響はない。

 米については輸入枠の拡大をしたが、輸入量と同等の国産米を買いあげて備蓄米として処理する。財政負担はかかるが、国内の米の需給には全く影響はない。


農業改革を行う千載一遇のチャンスを失う

 しかし、農産物について関税撤廃の例外を多く要求したために、アメリカが自動車にかけている2.5%の関税は、協定発効から15年後に削減が開始され、25年後になってやっと撤廃されることになった。2.5%というと小さいように見えるが、輸出車は価格の高い高級車が多いため影響は無視できない。韓国車との競争条件の不利性は、25年も固定されることとなってしまった。

 また、消費者に高い農産物価格を負担させ続ける。例えば、国内の小麦生産は消費量の14%に過ぎない。その価格はキログラム当たり50円である。その国産小麦価格を維持するために、消費量の86%に上る輸入小麦に対し、その30円の輸入価格に農林水産省が20円の課徴金を加えて50円にしている。今回議論している消費税の軽減税率とは、50円の小麦にかかる5円(50円×10%)の消費税を1円(50×2%)まけてあげるというものだ。TPPでこの課徴金が9年かけて45%削減されることになったが、それでも10円以上の課徴金がかかり、消費者が高いうどんやパンを食べさせられることに変わりはない。

 米、乳製品、砂糖の課徴金などは、削減もされない。消費税の軽減税率で消費者の負担が少なくなるのは1兆円である。それなのに、農業保護の名のもとに、消費者に4兆円もの負担をさせている逆進性そのものの農産物の貿易制度の維持は、国益と言えるのか。米の減反政策では4000億円の財政負担をしたうえで、これによって米価を上げ消費者に6000億円の負担をさせている。

 農政は農業改革を行う千載一遇のチャンスを失った。国民経済の厚生を最大にするのは、関税なしの自由貿易制度を採って消費者の負担を軽減し、農業は直接支払い(市場価格に介入せずに、生産者に対して直接支払われる補助金)で保護するという政策である。減反廃止で米価が下がれば、零細な兼業農家は農地を維持できなくなる。主業農家に限って直接支払いをすれば、その地代負担能力が上がって、農地は主業農家に集積し、コストが下がって、価格競争力は一段と強化される。

 関税はカルテルの母だという経済学の言葉がある。関税がなければ、国際価格よりも高い国内価格は維持できない。実は2014年度、国内の米価はカリフォルニア米の価格を下回った。このため主食用の無税の輸入枠10万トンは1万2000トンしか輸入されなかった(図参照)。日本の商社は日本米をカリフォルニアに輸出しようとしていたほどだ。減反というカルテルを廃止して価格をさらに下げれば、米を大量に輸出することが可能になるはずだった。


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来年の参院選を意識、ウルグアイ・ラウンド対策の再現

 1986年~1994年に行われたウルグアイ・ラウンド交渉で、米のミニマム・アクセス(最低輸入義務)を受け入れるに当たり、時の細川内閣は、国内の需給に影響を与えないという閣議了解を行った。輸入した米と同量の米をエサ米や援助用に処分するので、国内の生産を減少させる必要はないというものだった。農業には影響はないので、国内対策は必要なかった。

 しかし、当時野党だった自民党は、政権復帰後6兆100億円の対策を実現させた。影響がないのに対策が打たれ、農業の合理化を進めるという理屈が、とって付けられた。自治体は使い道に困り、自由化とは関係のない温泉ランドを作るところすら出たのは、有名な話だ。

 今回もほとんど影響がないのに、攻めの対策を講じるのだと主張される。言葉は違うが、前回と同じだ。農業に影響がないと言ってしまえば、交渉を指揮した甘利大臣が「交渉をよくやった」で、事が終わってしまう。農林族議員の出番はない。自民党にとって、来年の参議院選挙を勝ち抜くためにも、農業対策は必要がなくてもやらねばならないのである。被害者は納税者たる国民である。

 安倍政権発足後、鳴り物入りで導入した農地バンク。農地の大規模化を促進するのが目的だが、これまで農地の出し手が出てこなかったので、機能しなかった。これを拡充して、規模拡大を進めるのだという。しかし、なぜ農地が出てこないのか。減反で米価を高く維持しているので、零細でコストの高い農家も、米作りをやめないからだ。せっかく昨年米価が低下して農地が出始めたのに、農政はエサ米に対する補助金を増額し、減反を強化して米価を上げた。農地を出させない政策を強力に推進しているのに、農地を出させるために多少の金を積んだとしても、効果はない。


2兆5000億円を無駄にした牛肉自由化対策

 肉牛についても同じことがいえる。牛肉関税収入を特定財源として、牛肉自由化に対応するための生産性向上を名目として、これまで2兆5000億円もの巨額の予算を、肉用子牛等対策として投入した。しかし、肉牛生産、酪農など畜産の合理化は一向に進んでいない。

 肉牛農家には子牛農家とそれを買い取って育てる肥育農家の2種類がある。肉用子牛制度では、子牛農家に再生産を保証した「保証基準価格」と、合理化を進めその価格に収れんすることを期待された「合理化目標価格」が設定された。現在の保証基準価格は33万2000円、合理化目標価格は27万7000円である。

 しかし、現在の和牛の子牛価格は70万円にもなっている。保証基準価格さえ大きく上回っているのだからインセンティブは働かず、合理化目標価格に接近することは全く期待できない。しかも、自民党は、その保証基準価格を上げようとしている。

 さらに、肉牛の肥育農家に対しても、価格保証のための補てん金を拡充したうえで法制化するという。これは本来やってはいけない対策だった。もともと肉用子牛の不足払い制度は、「消費段階で枝肉価格が下がると、肉牛の肥育農家は子牛の価格を下げようとするだろう。そうなると、子牛農家の経営が厳しくなるので、保証基準価格と市場価格との差を子牛農家に不足払いしよう」という趣旨だった。

 しかし、現在のような高い子牛価格で肥育農家のコストが上昇すれば、肥育農家に枝肉価格との差を補てんする。これで肥育農家の利益が補てんされるから、子牛価格引き下げの要求は高まらず、子牛農家に再生産が可能となる保証基準価格を上回る、不当な高利潤が発生したままとなる。消費者は生産性向上を目的とした肉用子牛対策のために関税を払っているのに、将来とも牛肉価格が下がるメリットを受けない。

 酪農についても、バターや脱脂粉乳などの加工原料乳の補給金制度の対象に生クリーム等向けも加えるという。しかし、生クリーム等は今回自由化されるわけではない。"焼け太り"である。154万トンの加工原料乳に加え、136万トンの生クリーム等向け生乳も、補給金の対象となる。財政支出は増加する。

 以上のほかにも、畜産には、様々な助成策が講じられ、何重ものセイフティネットが張り巡らされている。これほど至れり尽くせりの政策や助成があると、生産性を向上させて、コストを下げようとするインセンティブが生まれてくるはずがない。


温存された農政三悪人、どこが"農政新時代"?

 今回のTPP対策には、"農政新時代"というキャッチフレーズが付けられている。「輸出のため競争力をつけるのだ、飼料、肥料、機械などの生産資材の価格を見直すのだ、担い手を育成するのだ」という。

 しかし、減反・高米価政策、農協政策、農地政策という、これまで農業の発展を妨害してきた「三本柱」の政策にはメスが入らない。それどころか、減反のように悪政を強化しようとしている。

 トヨタでもキヤノンでも、良い製品を作ると同時に、1円でも安く売れるよう、価格競争力向上に日々努力している。輸出力をつけることを支援すると言っているのに、なぜ減反を強化して米価を上げるのだ。政策が矛盾している。

 資材価格の削減も必要だ。飼料、肥料、農薬、機械、全ての資材価格が、アメリカの倍もする。しかし、肥料で8割、農薬や機械で6割のシェアを持つ巨大な事業体である農協は、独占的な力を利用して、組合員に高い資材価格を押し付けてきた。農協を株式会社化して独占禁止法を適用しようとする改革は、頓挫した。高い資材価格が高い農産物価格を生み、農業の競争力を失わせている現状には、メスは入らない。

 担い手も重要だ。しかし、農家出身者でない若者が、親兄弟、友人に出資してもらい、ベンチャー株式会社を作って、農地を取得しようとしても、農地法はこれを認めない。

 これら農政三悪人には、怖くて手をつけられず、下っ端のような事業だけ見直して、なにが"農政新時代"か。

 TPP対策は、ウルグアイ・ラウンド対策と同様、影響がないのに行われる。自民党にとって、来年の参議院選挙を勝ち抜くためにも、農業対策は必要がなくてもやらねばならない。前回の公共事業へのバラマキに加え、今回は畜産へもバラマク。選挙対策である以上、バラまくのが最も効果的だからである。

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