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2015.12.04

経済史研究、存在感増す日本

2015年11月11日朝日新聞に掲載(承認番号:A15-1805)

 8月3日から7日にかけて、第17回世界経済史会議が国立京都国際会館で開催された。各国・各地域の経済史関連学会の連合体であるインターナショナル・エコノミック・ヒストリー・アソシエーションが、3年に1度、世界のいずれかの都市で開催してきた国際学会である。

 1960年に始まる世界経済史会議の歴史の中で、アジアでの開催は今回が初めてであった。発足当初は欧州諸国を中心に開催されてきたが、前回の2012年に南アフリカのステレンボッシュ、今回は京都、そして次回の2018年には米国のボストンで開催されるなど、世界経済史会議という名称にふさわしいグローバルな内実を備えるようになっている。


アジア初の開催

 京都での会議には、世界55の国と地域から1202人の研究者が参加し、うち908人が海外からの参加者であった。欧米諸国に加えて、中国から91人の研究者が参加したことが特筆される。

 「100年に1度」の経済危機、長期にわたるデフレ、新興国の台頭など、近年われわれが直面している経済事象は、いずれも長い歴史的な視点からの考察を必要としている。経済史研究はこのような要請に応えるものであり、今回の会議でも多くの関連する研究が発表された。

 今回の会議の成功には、いくつかの重要な意味がある。まず、この結果は、日本における経済史研究・学界に対する、世界の研究者コミュニティーからの高い評価を反映している。会議の誘致には毎回、厳しい競争があり、今回は京都、香港、米ウィスコンシン州ラクロスが誘致を試み、特に京都と香港がアジア最初の開催地の座を競う関係になった。京都がこの競争を制することができた背景には、日本の経済史研究者が積み重ねてきた研究実績がある。戦前以来の研究蓄積に加えて、近年では経済史分野の主要な国際学術誌における日本の研究者のプレゼンスが確実に上昇している。

 また、今回の会議は、日本の経済界のCSR(企業の社会的責任)に関する高い意識と積極的な取り組みに支えられた。7千万円を超える会議の総予算は、参加者の登録料、公的機関・学術助成機関等の助成だけでは充足できず、2千万円以上を企業からの寄付と協賛によって賄った。研究面での実績と公的機関・経済界による支援、そして準備にあたった国内組織委員会メンバーの献身的な貢献が会議の成功を導いた。

 会議初日の全体セッションでは、福田康夫元首相が洞察に富んだスピーチを行った。福田氏は、われわれが今後備えるべき三つの大きな変化として、資源と環境のトレードオフ、情報通信革命、グローバリゼーションを指摘したうえで、歴史の重要性に言及した。首相として公文書管理法の制定に向けて尽力した立場から、公文書の保存は政府の義務であり、「正確な歴史記録は、先入観や誤解を矯正し健全な公論を形成するうえで重要な役割を担う」ことを強調した。海外から参加した多くの有力な研究者に、日本の首相経験者の高い見識を伝えられたことの意義は大きい。


若い世代が活躍

 今回の会議が日本の多くの研究者、特に若い世代の研究者に、日常的な研究活動の一環として自然に受け入れられていることにも強い印象を受けた。少なくとも筆者が大学院生の頃は、「国際学会」は特別なイベントと考えられていた。30年を経て状況は大きく変化している。社会科学・自然科学を問わず、本来、研究に国境はない。世界経済史会議を通じて、日本の学界が、その本来の姿に近づいていることを実感することができた。

 文部科学省は、大学の「グローバル化」を掲げて、さまざまな数値目標の設定と達成を大学に求めている。その結果、世界で研究をリードしているトップクラスの研究者の時間とエネルギーが、国内の政策に対応するための会議や書類作成に配分されている。

 実際には、そのような外からの動きとは別に、研究者の日常的な営みによって着実に、研究者の、そして彼女・彼らが構成する大学のグローバル化が進展しているのである。



*朝日新聞社に無断で転載することを禁じます。

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