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2015.01.20

農林水産大臣への提言

内外ニュース 週刊 「世界と日本」(2015年1月19日号掲載)

 あけましておめでとうございます。
 農林水産大臣として2年目を迎えられる今年も、TPP交渉、農協改革など、大きな課題があります。
 このような課題に対処していく前に、検討していただきたいことがあります。それは、"農政の目的とは何か"ということです。大臣は就任記者会見で、"農家所得の向上"を強調されました。農協改革についても、"農家所得の向上"の観点から検討すると主張されています。国民の食料費支出94兆円のうち、80兆円が農業以外の産業の取り分となっているので、農家が周辺産業まで進出することによって農業(農家)の取り分を増やすべきだとも主張されています。
 しかし、はたして"農家所得の向上"が農政の目的なのでしょうか?シャッター通り化した中小の商店主など、農家よりも困っている人はたくさんいます。また、ある産業の収益性が低下するのであれば、かつての石炭や繊維のように、他の産業に労働者や資本を円滑に移転する政策をとればよく、当該産業の維持やその産業従事者の所得向上のために政策を講ずべきだという議論は行われません。それなのに、なぜ農家だけが特別に所得を保障されなければならないのでしょうか?
 もし農家の所得を保障・向上しなければならないとすれば、農業は国民の生命維持に不可欠な食料を供給するという役割があるからだ、食料危機の際に農業を維持しておかなければならないからだ、という説明しか思いつきません。つまり、国民・消費者への食料の供給や食料安全保障が第一義的な農政の目的であって、その限りにおいて、農業に従事する農家の所得を維持しなければならないのでしょう。
 農政の目的を食料の安定供給に定めれば、具体的な政策の進路はおのずと定まります。
 昨年の米価低下に対して、農業界では、政府が市場に介入して米価を高く維持すべきだという主張が強まっています。しかし、消費税の引上げが貧しい消費者の家計に影響を与えるという理由で、米などの食料品には軽減税率を適用するという方向が固まったのに、米価を上げてよいのでしょうか?米価が下がったことは、貧しい消費者の人たちにはよかったのではないでしょうか?
 そもそも、これまでの農政には、国民への食料の安定供給という大本が忘れられてきました。農家に4,000億円の減反補助金という納税者負担を行って、米の供給を制限し、米価を吊り上げて6,000億円の消費者負担を強いるなどという、とんでもない政策が、長年続けられてきています。また、国際価格よりも高い米などの農産物価格は、高い関税で守られてきています。消費税の引き上げが逆進性を高めるというのであれば、これまでの農政は、逆進性の元祖、本家のようなものです。
 1900年に農商務省に入省した柳田國男は、関税を導入し、米の輸入を抑制することで高い米価を実現しようとした地主勢力に対し、消費者や労働者のことを考えると、安い輸入米を入れても、食料品の価格を下げるべきだと主張しました。農家の所得を向上するなら、米価を上げるのではなく、生産性を向上させて、コストを下げるべきだと主張したのです。
 柳田の後輩で小作人解放に尽力した石黒忠篤は、農林大臣として農民を前に「農は国の本なりということは、決して農業の利益のみを主張する思想ではない。所謂農本主義と世間からいわれて居る吾々の理想は、そういう利己的の考えではない。国の本なるが故に農業を貴しとするのである。国の本たらざる農業は一顧の価値もないのである」と諭しています。"国の本たる農業"とは、国民・消費者に食料を安く安定的に供給するという責務を果たす農業でした。
 米価が下がっても、農家所得に占める農業所得の割合が極めて低い兼業農家は、影響を受けません。影響を受ける主業農家には、農産物価格を高くするのではなく、アメリカやEUのように、財政から直接支払いを交付するという方法があります。農家は保護され、価格は低くなるので、消費者も利益を受けます。
 昨年バター不足が問題とされました。しかし、国際市場ではバターは過剰で価格は大幅に低下しています。そのバターが、なぜ国内市場では不足するのでしょう?なぜ、安いバターが入ってこないのでしょうか?
 それは、バターについては高関税によって民間の輸入は事実上禁止されており、低い関税の輸入枠も、農林水産省の指示を受ける国の機関(独立行政法人農畜産業振興機構)が一元的・独占的に輸入しているからです。農林水産省は、国内の乳製品需給が緩和し、価格が低下することを恐れて、なかなか輸入しようとはしないし、輸入する場合でも最小限の量しか輸入しないため、必要な量が必要な時に国内市場には輸入されません。関税などがなくなることで、酪農家が苦しくなるのであれば、国からの直接支払いを増額すればよいのです。
 農政の目的が国民への食料の安定供給なら、TPP交渉への対応も簡単です。逆進性の塊のような農産物・食料品への"関税"を廃止して、直接支払いに転換することです。高い関税で食料品の価格を吊り上げることが国益だなどの主張では、お孫さんも納得されないのではないでしょうか?
 農協は協同組合であるという理由で独占禁止法の適用除外を受けてきました。このため、全国組織の全農や北海道のホクレンなどは、肥料・農薬、機械、飼料などの資材を高く農家に売りつけてきました。コストが高くなるので、農産物・食料品の価格も高くなります。その高い価格を維持するために、関税が必要となりました。政治組織である全中に関する規定を農協法から削除して、高い米価、高い関税を維持するよう運動してきた、農協の政治力を削ぐことも重要です。同時に、全農やホクレンを株式会社化して、独占禁止法を適用すれば、農産物価格は下がります。
 農政の目的を国民への食料の安定供給と定め、"国の本たる農業"が実現できるような農政を展開してほしいと思います。

山下 一仁 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

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