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2014.11.12

消費税の増税についての論点

 日本銀行の追加緩和によって株価が大きく上げる中で、消費税の再増税を先送りする議論が現実味を帯び始めている。消費税の税率を10%にすることは、少なくとも今後10年の日本経済の姿を決め、さらなる財政再建の議論につながる話であり、次世代にどれだけのコストを残すかという「国のあり方」を決める問題である。これからの1週間または2週間の政治の意思決定は「国家百年の計」を決めるという言葉にふさわしい歴史の分岐点となるだろう。消費税の増税についての判断に関する論点を2つ挙げたい。


1.増税を先送りした場合、日銀の金融緩和は継続すべきか?

 10月末の日銀の追加緩和は、日銀の意図はともかくとして、円安と株高をもたらし、結果的に、政府が消費税の増税を決断する「地ならし」として機能した。経済状況が良くなれば消費税の再増税をおこなう、というのが政府のいわば公約であったから、日銀が追加緩和すれば当然に政府が増税に傾くであろうことは、経済を見ている者はだれもが想定していた。ところが、株価が上がっているのを幸いに(解散総選挙をして)、消費税の再増税を先送りまたは白紙に戻そうということになれば、日銀の追加緩和は、政治に梯子を外されることになる。
 黒田東彦総裁は、記者会見で「消費増税をして景気が悪化した場合は日本銀行として打つ手があるが、消費増税をしない結果として経済が混乱したら日本銀行として打つ手はない」と繰り返し表明してきた。もし今、政局が大きく動いて、消費税の増税を先送りするという政治決定がされた場合、日銀は、通貨の番人として責任を持って、金融緩和を継続・拡大することができるのだろうか。
 消費税の再増税が今回先送りされれば、財政再建のスケジュールが2~3年以上は遅れることになるだろう。財政再建に対する政府の決意について、市場では疑問がでるだろう。それでも、当面の1~2年は、日銀が国債を大量に購入すれば市場は平穏に保たれる。問題は、日銀が数年後に「出口」を模索し始めるときである。インフレを2%で安定させ、金利も同程度で安定させる、という出口に向かって日銀がソフトランディングしようとすれば、日銀は国債の追加的な購入を停止することになる。そのときに、財政再建を信用できなければ、市場参加者は国債を買わない。すると、国債価格が大幅に下がり金利が高騰し、急激な不況になるだろう。それを防止しようとして日銀が国債を買い続ければ、インフレ率を2%にとどめることができなくなる。2%インフレになれば、国民は現金を速く手放そうとするので、貨幣乗数が上昇し、結果的にインフレの上昇圧力が累積的に高まるはずだからである。つまり、財政再建が信頼されなければ、いずれは金利とインフレ率のどちらかまたは両方がコントロール不能になる。
 財政再建に対する国民の信頼が失われれば、金融政策には出口がない。このような近未来が想定されるなかで、いま消費増税が先送りされれば、日本銀行は追加緩和を、責任を持って続けることはできないのではないか。

 政府の決定と日銀の政策が齟齬をきたして日本の歴史が狂うことがないようにするためにも、「もし消費増税が先送りされたら金融緩和は継続すべきか、否か」「消費増税が先送りされたら、2%インフレという目標を達成するためには10月末の追加緩和は過大だったのではないか(追加緩和を縮小または撤回するのが適当ではないか)」という問題について、日銀などの関係者からの十分な意思表明と情報提供が、政府による消費増税の可否の決定よりも前の時点で、なされるべきである。

(太平洋戦争の開戦前に、陸軍は「海軍がアメリカとの戦争に反対すれば戦争できない」と思っていたが海軍は「アメリカと戦ったら負けるので戦争に反対」と言い出せず、結局、陸海軍のどちらも積極的に望まないのに、対米開戦に突き進んだ、という話を読んだことがある。同じような意思疎通の齟齬がいま政府と日銀の間で起きれば、歴史の悲劇を経済面で繰り返すことになるかもしれない。)


2.再増税しても97年のようなデフレ・スパイラルは起きない

 最近の経済指標の悪化によって消費税の増税先送り論が強まっているが、その根拠のひとつになっているのは1997年の消費税増税との比較だろう。消費税の再増税をきっかけとして、97年のように激しいデフレ・スパイラルに戻ってしまう、という連想がある。
 しかし、97年当時は、約100兆円におよぶ不良債権のマグマが日本の金融システムに蓄積していたが、現在は日本の金融システムにそのような問題は存在しない。97年の春の消費増税による悪影響は夏にはほぼ解消していたが、アジア通貨危機の発生などをきっかけに、1997年11月に日本で全国的な金融危機が発生したことがデフレ・スパイラルをもたらした。日本で97年に金融危機が起きた理由は、消費税ではなく、それまで7年間も蓄積を続けてきた100兆円の不良債権の問題が爆発し、システミック・クライシス(銀行取り付け)が起きたからである。
 2014年現在において、システミック・クライシスが起きる可能性はほぼゼロである。システミック・クライシスが起きなければ、経済が成長軌道(Balanced Growth Path)から逸れてデフレ・スパイラルに陥ることはなく、一時的に落ち込んでも、数か月から2年ほど時間が経てば成長軌道に戻るはずである。具体的には、円安が継続することによって、1~2年の時間が経てば、海外生産をしていた企業が国内に戻り、外需が増え、投資が増え、実質賃金が上昇するという正のスパイラルが起きる。金融システムのシステミック・クライシスが起きない限り、経済の「腰折れ」などという現象は起きない。
 現在われわれが経験している消費税の増税による「痛み」(消費や生産の低迷)は、そもそも覚悟していたはずのものである。この経済悪化の「痛み」は、将来世代の負担を軽減するために我々が支払おうと決めたコストであった。
 国のかたちを決める決定を、3か月程度の景気動向で決めていいのかどうか、慎重に検討することが必要である。

小林 慶一郎 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

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