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2014.10.28

地域開発 バラマキ型の限界

朝日新聞に掲載(2014年10月22日付)

 先月初めの内閣改造で、新たに特命の地方創生担当大臣が設置された。石破茂前自民党幹事長が就任し、事務局として「まち・ひと・しごと創生本部」が開設された。創生本部が9月12日に決定した「基本方針」は「地方が成長する活力を取り戻し、人口減少を克服する」ことを強調している。
 地方開発政策は日本で長い歴史を持つ。戦前は内務省が主にその政策を担当し、政党では自民党が人的にその流れをくんでいる立憲政友会が力を入れていた。
 戦後に地域開発政策が本格化する出発点となったのは、1962年に池田勇人内閣が閣議決定した「全国総合開発計画」(全総)である。この計画は、その目的として「わが国経済の均衡ある安定的発展と民生の向上、福利の増進をはかり、もつて、全地域、全国民がひとしく豊かな生活に安住し、近代的便益を享受しうるような福祉国家を建設すること」を掲げた。「均衡ある安定的発展」の主な対象は地域にあり、「地域間の均衡ある発展」が全総のキーワードであった。

 全総の方針に基づいて、新産業都市建設促進法(62年)工業整備特別地域整備促進法(64年)などの法律が制定され、工業立地を分散させる政策が推進された。全総は98年の第5次計画まで数年ごとに策定され、国土形成計画に継承されている。これを背景に、経済開発の基盤となる道路・港湾などの社会資本の建設のために多額の公的資金が投入され、第1次全総に端を発する「地域間の均衡ある発展」という考えに基づいて、開発が遅れている地域で重点的に社会資本の建設が進められた。
 内閣府は、都道府県別の社会資本ストックの実質額を1960年から2009年までの各年について推計し、公表している。これと各都道府県の1人当たり実質県民所得と比較すると、両者の関係が大きく変化したことがわかる。
 全総策定前の60年には、両者の間に正ないし負の相関は明確には認められない。一方、09年については、明確な負の相関が観察される。1人当たり実質県民所得が小さい都道府県ほど、人口1人当たりで多くの社会資本ストックを持つという関係があるのである。
 この事実は、政府の方針通り、相対的に発展が遅れた地域に対し重点的に公的資金が配分されたことを示すものといえる。問題は、それが「地域間の均衡ある発展」という基本目的の達成に十分に寄与してこなかったことにある。

 地域間所得格差を1人当たり県民所得の変動係数で測ると、60年代から70年代初めにかけて明確に低下したが、その後はほぼ横ばいを続けている。例えば2013年度には、1人当たり県民所得は最高の東京都が437万円であるのに対して最低の沖縄県は半分以下の202万円となっている。
 より重要なことは、地域間で社会資本の生産性に大きな格差が認められる点である。学習院大学の宮川努氏らの実証研究によると、社会資本の限界生産力、すなわち社会資本がわずかに増加した場合の生産の変化率には、地域間で大きな差がある。最高の東京都の0.63に対して、最低の島根県と高知県では0.13にとどまっている。そして、相対的に1人当たり県民所得が低い後者のグループの県には、人口1人当たりで大きな社会資本が配分されている。
 これらの結果は、「地域間の均衡ある発展」をめざした社会資本の地域的重点配分が、十分に地域の生産性上昇、ひいては日本全体の生産性上昇に結びついてこなかったことを示している。まち・ひと・しごと創生本部の「基本方針」が「バラマキ型」の公共投資などの手法をとらないことを強調しているのは、こうした経験を踏まえたものであろう。しかし、これまでの政策も、少なくとも公表された意図としては、バラマキを目指したものではなかった。
 米国の経済学者カーメン・ラインハート氏とケネス・ロゴフ氏は、バブルの拡大過程では「今回は違う」(バブルではなく実体を伴っている)という言説が広がることを指摘している。日本の地域開発政策は、はたして「今回は違う」であろうか。注意深く見守る必要がある。

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