本文へスキップ

2014.09.22

新内閣とTPP交渉の行方、カギ握る西川農相

WEBRONZA に掲載(2014年9月8日付)

 安倍改造内閣が発足した。留任者も多く、ごく一部の人を除き、政策通や実力者を集めた重厚な布陣だと言ってよいのではないかと思われる。半面、新人の起用が少なく、入閣を期待していた多くの国会議員の人たちはがっかりしたことだろう。

 新内閣が直面する課題として、集団的安全保障、地域再生と並んで、消費税の引上げ、TPP交渉は、引き続き重要なイッシューである。そのため、麻生財務相、甘利経済再生担当相が留任したのだろう。このうち、TPP交渉はアベノミクスの第三の矢の目玉であるとともに、他の重要課題と異なり、他国との交渉によって決定されるという特別な性格を持っている。

 そのTPP交渉は、新内閣によってどのように推進されていくのだろうか?もちろん、中心となるのは、甘利経済再生担当相であることは間違いない。これによって、日本政府の交渉の継続性が保たれることになる。

 しかし、前内閣と決定的に違うのは、TPP交渉のうち、日本にとって最も難関である農産物関税を担当する農相に、自民党TPP対策委員長である西川公也氏を据えたということである。

 同氏は典型的な農林族議員であるが、安倍首相の要望で自民党TPP対策委員長に起用され、TPP交渉参加に向けて党内の意見調整を行うとともに、TPP交渉参加後はアメリカやオーストラリアなどのTPP交渉参加国の担当者とも接触し、交渉の進展に貢献してきた。この論功行賞として、同氏が入閣するだろうということは、さまざまなメディアが報じてきた。

 安倍首相も同氏を農相とすることでTPP交渉の加速を狙っているのだろう。確かに、西川氏は農産物関税を直接担当する農相となった。存分に手腕をふるうことを安倍首相は期待しているのだろう。

 前任の農相は存在感が薄かった。TPP交渉だけではなく、減反見直し、農協改革など、大きく困難な農政課題は、農相ではなく、自民党内で決定されてきた。しかし、決定されたことを理解し、国会等で説明するうえで、前農相は極めて適任だった。安倍首相の意向を踏まえ、自民党内の反対意見を抑えてきたのが、農林族幹部である西川氏だった。

 西川氏が入閣したことは、自民党内の反対意見を抑える人がいなくなることを意味する。2009年に農相となった石破茂氏は減反の見直しに手をつけようとしたが、自民党内の強硬な反対によって断念させられた。その反対の急先鋒に立っていたのが、西川氏だった。

 今回抜擢された稲田朋美政調会長は有能な農政通であるが、次の選挙で農民票を気にせざるを得ない党内の議員を説得できるか、未知数のところが多い。今回の組閣や党人事で選に漏れた人たちの稲田氏への反感も半端ではないだろう。谷垣幹事長も二階総務会長も農政通ではない。これまでは、農政に詳しい石破幹事長が、抑え役を果たしてきたが、同氏はもう党内にはいない。

 TPP交渉は、農協改革と異なり、他国と交渉・調整しなければならない。日本では、自民党や国会の委員会が、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖などを関税撤廃の例外とし、これが確保できない場合は、TPP交渉から脱退も辞さないと決議している。これに政府は縛られている。

 これまでの日米協議の内容として、「米、麦、砂糖については現在の関税を維持するとともに、米、麦については、米国産の輸入枠を拡大することで合意、牛・豚肉については、アメリカは関税の撤廃は取り下げたが、大幅な引下げを要求し、これに対して日本側は輸入量が増えた場合に関税引き上げが容易に行われるよう主張している」という報道がなされている。

 しかし、豚肉を中心とするアメリカの農業界は、関税が撤廃されないことに対して、猛然と反発している。アメリカの下院議員の3分の1にあたる140人は、オバマ大統領に、関税撤廃について多くの例外を主張する日本を外して交渉を妥結すべきだという書簡を送っている。

 今年11月の中間選挙が終わり議会の構成が変わらないと、アメリカ政府は通商交渉権限を持っている連邦議会から権限を授権してもらうTPA(大統領貿易促進権限法)を獲得できない。TPP交渉は、TPAを獲得した後の、来年前半に妥結すると考えられる。予想されているように共和党中心の議会になると、自由貿易派が勢力を増す。これまでの交渉はご破算にして、日本に対して関税撤廃を強く要求してくるだろう。

 このとき、西川氏は、自民党内をどう説得するのだろうか。西川氏の交渉ポジションというより心情は、国会決議と同じく、関税撤廃は認めないというものである。関税撤廃となると、党内は大荒れとなるばかりか、彼自身、交渉ポジションの大幅な変更を余儀なくされる。しかも、党内に石破氏や西川氏のような抑え役もいない。農相である西川氏が矢面に立つことになる。

 思い出すのが、故松岡利勝農相である。松岡氏もがちがちの農林族議員だったが、自由貿易推進による輸出拡大に大きく舵を切り替え、これを評価されて、2007年の安倍内閣で農相の地位を獲得した。松岡氏は農業界が抵抗したWTO交渉を推進しようとした。

 当時、アメリカやEUが行った、農産物関税を100%までしか認めないという上限関税という提案に、日本の農業界は徹底的に反対した。しかし、松岡氏が実現しようとしたものは、米の778%の関税を一気に100%まで下げ、それを代償としてウルグァイ・ラウンド交渉で飲まされた77万トンの無税の輸入枠(ミニマムアクセス)を解消しようとしたものだった。さらに、輸出をして農業所得を倍増しようとすると、減反を廃止して、価格を大きく下げる必要がある(詳しくは、拙著『亡国農政の終焉』ベスト新書第7章参照)。

 松岡氏はここまで覚悟を決めていた。これらの提案は、当時としては、現在のTPP交渉における関税撤廃に等しいものだった。同じく自由貿易協定推進でも、松岡氏と西川氏では、心情に相当な違いがあるように思われる。西川農相の真価が問われる来年となるのだろうか。

同シリーズコラム

同シリーズコラムをもっと見る

山下 一仁 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

山下 一仁 その他コラム・メディア掲載/論文・レポートをもっと見る

マクロ経済 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

コラム・論文一覧へもどる