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2014.08.12

農政改革(上)アベノミクス農業規制改革の本当の狙い

ダイヤモンドオンライン に掲載(2014年7月29日付)

 去る6月、政府はアベノミクス第3の矢である「成長戦略」の目玉の一つとして、農業分野の規制改革を決定した。本稿では2回にわたり、規制改革の狙いとその行方について論じる。まず、日本農業が衰退してきた理由とアベノミクスの現状から改革の真意を考えよう。


◆農業衰退の原因は国内にあり

 我が国農業は衰退している。農業総産出額は1984年の11兆7000億円から2011年には8.2兆円に減少した。特に、米の減少が著しく、この減少額のほとんどは米の減少分である。農業総産出額に占める米の割合は、1960年ころはまだ5割だったのに、2010年には、とうとう20%を切ってしまった。

 高い関税で国内市場を外国産農産物から守ってきたにもかかわらず、農業が衰退するということは、その原因が海外ではなく国内にあるということを意味している。しかも、最も保護されてきた米が最も衰退している。

 米でも、農地を大規模に集積しコストを引き下げたり、付加価値を向上させたりすることで、高い収益を上げている農家もある。20ha以上の米農家の農業所得は1400万円を超えている。しかし、野菜、酪農などでは、農業で生計を立てている主業農家の販売シェアは8割を超えているのに、米は4割にも満たない。米だけ兼業農家が多く滞留している。

 これは、食管制度の下での米価引き上げと減反政策による高米価政策によって、コストの高い零細規模の兼業農家が多数滞留したため、主業農家への農地集積による規模拡大が阻害されたこと、減反政策が単位面積あたりの収量(単収)の向上を阻害したことなどの政策の失敗によるものである。米農業がポテンシャルを発揮することを、政策が妨げてきた。そればかりか、減反で食料安全保障や多面的機能に不可欠な農地資源が破壊された。

 しかも、このような農政を推進させたのが、戦後政治上最大の圧力団体である農協である。農地解放によって、小作人は小地主となり、保守化した。保守化した農家、農村を組織したのが、農協である。戦前の地主制にとってかわった農協制は長期保守政権を支え、農村に君臨した。

 戦後の食糧難の下で米を農家から政府へ集荷するため、金融から農産物集荷まで農業・農村の全ての事業を行っていた戦前の統制団体を、衣替えして作ったのが農協である。このため、日本のいかなる法人にも許されない銀行事業の兼務が認められ、また、農家の職能団体であるはずなのに、地域の住民ならだれでも組合員になって農協の事業を利用できるという"准組合員"という特殊な制度が認められた。しかも、その後、生保事業も損保事業も追加された。

 農協は、指輪の販売から葬祭事業まで、やってないのはパチンコと風俗業だけだと言われるくらい、日本で唯一の万能の法人組織となった。しかも、肥料販売の8割を占めるなど独占的な巨大事業体なのに、協同組合であることを理由に、独占禁止法の適用を除外されている。


◆なぜ農協は農業を衰退させたのか

 では、なぜ農協は、米農業を衰退させるような政策を推進してきたのだろうか。それが農協組織にとって都合がよかったからである。

 米の兼業農家の農業所得は少なくても、その農外所得(兼業収入)は他の農家と比較にならないほど大きい。しかも、米農家は農家戸数の7割を占める。したがって、農家全体では、米の兼業農家の所得が支配的な数値となってしまう。兼業農家は農業から足を洗いたい人たちなので、農地を宅地に転売してくれと言われると、喜んで売る。農業所得の4倍に達する兼業所得も年間数兆円に及ぶ農地の転用利益も、銀行業務を兼務できる農協の口座に預金され、農協は我が国第二位のメガバンクに発展した。兼業農家から集まった資金は、准組合員に住宅・車・教育ローンとして貸し出された。准組合員は年々増加し、農協は、今では農家ではない准組合員の方が多い、"農業"の協同組合となった。

 米価を上げることで、農協が持つ全ての歯車がうまく回転した。農業を発展させるために作られた組織が、それを衰退させることで発展した。

 TPPによって関税が撤廃され、米をはじめ農産物価格が低下しても、アメリカやEUのように財政から補てんすれば、農家は困らない。しかし、米価が下がり、非効率な兼業農家が退出し、主業農家主体の農業が実現することは、農協にとって組織基盤を揺るがす一大事だ。農協は巨大な政治力を発揮し、医師会なども巻き込みながら、TPP(環太平洋経済連携協定)に対する一大反対運動を展開した。GDPの1%に過ぎない農業の団体が、日本経済全体の進路を左右するような影響力を行使したのである。

 TPP交渉参加後も、多くの農産物について、関税撤廃の例外とするよう政府・与党に迫り、交渉の進展をブロックしている。地方出身の多くの候補者が、2012年の衆議院選挙では、TPP交渉参加反対という踏み絵を、交渉参加後の2013年の参議院選挙では、重要な農産物5品目を関税撤廃の例外とし、これができないときにはTPP交渉から脱退するという踏み絵を、それぞれ農協に踏まされて、当選してきている。

 TPP参加は、アベノミクス第三の矢の最大の目玉である。しかし、農協が影響力を持つ限り、TPP交渉は思うように進められない。現に、安倍総理は、農産物の例外の可能性("「聖域なき関税撤廃」が前提ではない")をオバマ大統領に認めさせるために、TPP参加の入場料として、自動車で大幅な譲歩を余儀なくされるという煮え湯を飲まされた。米のために車を売ったのである。


◆安倍政権が農協に照準を定めたワケ

 民主党の菅政権は、農協を懐柔しようとして、規制改革会議が検討しようとした農協の改革案を潰した。しかし、怖いものがなくなった農協は、TPP反対に突き進んだ。政治的な統治能力に長けた自民党の安倍政権は、TPP推進のため、農協改革をぶち上げた。TPPか農協解体かのどちらかを迫られれば、農協に選択の余地はない。今回の規制改革会議の提案でも、これまで経済界が要求してきた株式会社の農業参入についての規制緩和は、意外なほど農協の抵抗なく実現された。

 農業衰退の原因である減反政策を無くせば、農業は発展できる。安倍総理は、減反を廃止しようとしたのだが、これはとんでもない思い違いだった("戦後農政の大転換「減反廃止」は大手マスコミの大誤報"参照)。農協と調整した自民党農林幹部によって、生産調整(減反)は維持されたのである。2月の衆議院予算委員会で、生産調整が必要だとする自民党農林幹部の発言と減反廃止という自身の発言の食い違いを指摘された安倍総理は、わかりやすく説明しただけだと、発言を撤回した。農協の力を削げば、減反も廃止でき、農業を成長産業に育てることができる。


◆農協にとってはとんでもない改革案

 内外の投資家は、アベノミクス第三の矢のうち、とりわけTPPと農業に関心を示している。農業の専門家である私に、農政改革の解説を求めてくる投資家が多い。TPPと農政改革がうまくいかなければ、投資家は日本株を売るようになる。それは、安倍政権の支持率低下に直結する。

 戦後政治における最大の圧力団体である農協には、どの政権も手をつけられなかった。検討していることが伝えられるだけで、農協から大変な政治的圧力が加えられてきた。河野一郎農林大臣も小泉純一郎総理も、断念させられた。しかし、5月22日に政府規制改革会議がまとめた安倍政権の農協改革案には、農協にとってはとんでもないことが提案されていた。

 農協組織は農産物販売や資材調達を行う経済事業、金融を行う信用事業、各種保険扱う共済事業の3事業を一つの事業体で併営している。さらに各事業が全国レベル、都道府県レベル、地域レベルの3層構造となっており、全中が農協組織全体を統括し、全農が経済事業、農林中金が信用事業、全共連が共済事業を全国レベルで管轄する体制になっている。

 農協改革案は第一に、農協の政治活動の中心だった全中(全国農業協同組合中央会)に関する規定を農協法から削除するとした。表向きは、中央会が上から指導するのではなく、地域の農協が自主的に地域農業の発展に取り組むことができるようにするためだとしているが、これが全中の政治力を削ぐものであることは明らかだ。農協法では全中は系統農協などから賦課金を徴収することができることとされている。これで全中は78億円を集めている。農協法の後ろ盾がなくなれば、全中は強制的に賦課金を徴収することはできなくなる。もちろん、任意の金を農協などから集めて政治活動をすることは可能だが、十分な金は集められなくなるだろう。農協の政治活動にとっては大打撃である。

 第二に、全農(全国農業協同組合連合会)の株式会社化である。これは今年4月に出した小著『農協解体』の中で私が初めて提案したものである。これも、表向きは、グローバル市場における競争に参加するため、株式会社に転換するとしているが、中身は、協同組合ではなくすということである。日本の農業には、農協によって作られた高コスト体質がある。養豚農家によると、国内の輸入とうもろこし価格はアメリカの2倍である。

 これは飼料だけではなく、肥料・農薬、農業機械についても同じである。全農を中心とした農協は、肥料で8割、農薬、農業機械で6割、飼料で5割のシェアをもつ巨大な企業体である。このように大きな企業体であるのに、協同組合という理由で、全農には独占禁止法が適用されてこなかったし、一般の法人が25.5%なのに19%という安い法人税、組合員への配当の非課税、固定資産税の免除、多額の補助金など、様々な優遇措置が認められてきた。

 本来、農協は農家が安く資材を購入するために作った組織だったのだが、独占禁止法が適用されないことで、農家に高い資材価格を押し付け、最終的には高い食料品価格を消費者に押し付けてきた。様々な優遇措置がなくなることによって、全農が、一般の企業と同じ条件で競争するようになれば、資材価格や食料品価格が低下することが期待できる。規制改革会議が提案している全農の株式会社化は、協同組合であることの特権の除去を狙ったものだ。

 第三は、信用(銀行)・共済(保険)事業について、地域農協を農林中金や共済連合会の代理店にしようというものである。代理店としての報酬は受けるので、現状から収入的には大きな変更はないが、形式的には、地域農協から信用・共済事業を分離することとなる。さらに、準組合員の利用を正組合員の半分以下に抑えることも打ち出した。

 この改革案は、農協の意向を無視できない自民党によって、ほとんどと言って良いほど、骨抜きにされた。しかし、もうひと波乱起こるかも知れない。今年の秋、米価暴落が待ち受けているからである。


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