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2014.07.29

農業以外のTPP交渉

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2014年7月22日放送原稿)

1.TPP交渉については、関税以外の分野でも交渉国の対立があると報じられていますが、どのようなことが交渉されているのでしょうか?

 TPPは、アジア・太平洋地域での貿易や投資の自由化、円滑化などを目指したものです。物品の関税の撤廃・削減や金融などのサービスの貿易の自由化に加えて、投資、競争、知的財産などの分野のルール作りも行われています。これらの分野自体は、これまで日本が結んできた二国間の自由貿易協定でも対象となっていますが、TPPではルールのさらなる強化などが話し合われています。その一例として、競争政策の分野のなかで、国営企業に対する優遇策などによって、外国企業や外国の産品が不利益を受けないように、国営企業に対する規律を導入することが、議論されています。新しい分野として、環境、労働と貿易の関係についても交渉されています。これは、ある国が、労働基準や環境基準を緩めることによって、その国の企業が生産する産品の競争力を高めようとすることなどを規制しようとするものです。


2.我が国では、これまでTPPに参加すると、国民皆保険制度、つまり公的医療保険制度が見直しされるとか、食品の安全規制が緩和されるなどの懸念が表明されてきました。

 TPPは協定という法的なものを作るための交渉です。その基礎にはWTO、世界貿易機関の協定があります。公的医療保険のような政府によるサービスは、WTOサービス協定の定義から外れており、これまでの自由貿易協定交渉でも対象になったことはありません。TPPも自由貿易協定の一種です。自由貿易協定の法的な枠組みに載ってこないものは、いくら過去に二国間協議で要求されたとしても、TPP交渉で対象となりようがないのです。アメリカの通商代表部の担当者は、TPPで公的医療保険は取り上げないとはっきりと述べています。

 食品の安全性について規定しているWTOのSPS協定(衛生植物検疫措置の適用に関する協定)は、貿易の円滑化のためには、国際基準を採用することが望ましいとしています。しかし、TPPに入ると日本の基準をアメリカなど特定の国の基準に合わせなければならないという主張が日本ではありましたが、このように特定の国の基準を採用させられるということは、主権国家から構成されている国際社会ではあり得ないことです。さらに、SPS協定は、各国が国際基準より高い保護の水準を設けることができ、科学的証拠に基づき厳しいSPS措置を設定できることを、はっきり書いています。国際基準よりも厳しい措置を維持することは可能だということです。この基本的枠組みが、TPPで変更されることはありません。


3.では、どのような分野で対立があるのでしょうか?

 知的財産の分野では、特許などで新しく開発された医薬品の保護期間をどの程度認めるのかという点で対立があります。アメリカのように医薬品産業が発達している国はできる限り保護の期間を長くしたいと主張しているのに対し、安価なジェネリック医薬品を使用したい国は、保護の期間をできる限り短くするよう主張しています。逆に、関税の分野では、繊維産業では競争力のないアメリカは、繊維製品の関税を撤廃しても良いが、安い中国産の原料で作った製品には関税を撤廃しないと主張して、ベトナムと対立しています。

 貿易と労働については、安い労働で作られた製品の輸入に反対する先進国と途上国との対立がありましたが、国際労働機関、ILOの基準に沿って、児童労働や強制労働により作られた製品の貿易を禁止し、違反したときは、関税撤廃の恩恵を受けられなくすることとされました。しかし、貿易と環境については、論点が多く、議論が先送りされています。

 最後に、国営企業に対する規律です。アメリカが、民間企業との競争がゆがめられるとして、国営企業に対する税制や補助金などの優遇措置の廃止を求めているのに対し、国営企業を持っているマレーシアやベトナムなどは、反対しています。今回の協議では、優遇措置を「例外」として認める方向で議論されていますが、「例外」をできるだけ少なくしたいアメリカや日本と、国営企業を多く抱える新興国が対立しています。


4.山下さんは、国営企業については、農業にも影響を与えるという指摘をされています。

 国営企業については、優遇措置だけではなく、国営企業が独占的な力を発揮して、市場を歪めているという問題があります。実は、この問題は、日本農業にとっても重要なのです。これまで高い関税で守ってきた日本の市場は、今後高齢化と人口減少で縮小します。農業を維持、振興しようとすると、輸出により海外市場を開拓せざるを得ません。農業こそ、貿易相手国の関税を撤廃し輸出をより容易にするTPPなどの貿易自由化交渉に積極的に対応すべきなのです。しかし、コメを関税1%で中国へ輸出できますが、国営企業が流通を独占し、多額のマージンを取っているため、日本では㎏当たり300円で売られている日本米が、上海では1,300円になっています。関税をゼロにしても、国営企業による事実上の関税が残る限り自由に輸出できません。TPPが拡大すると、いずれ中国も参加せざるを得なくなります。アメリカも中国の国営企業を念頭に置いて交渉しています。TPP交渉で国営企業に対する規律を作ることは、日本農業にとっても、中国市場開拓の道となるのです。


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