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2014.04.11

なぜ日本では農業が通商交渉を常にブロックするのか?

IIST e-Magazine  に掲載(2013年12月27日付)(「TPPと農業再生」シリーズ第2回)


 高関税で守られている農産物の生産額は自動車産業の12分の1に過ぎない。なぜ、それが日本のTPP交渉を左右するのか?なぜ、アメリカやEUのように、高い関税ではなく、直接支払いで農業を保護する道は採られないのか?


 自民党や国会の委員会は、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖などを関税撤廃の例外とし、これが確保できない場合は、TPP交渉から脱退も辞さないと決議した。しかし、これらの農産物の生産額は4兆円程度で、自動車産業の12分の1に過ぎない。それが日本のTPP交渉を左右している。

 しかし、関税で守っているのは、国内の高い農産物=食料品価格だ。例えば、消費量の14%に過ぎない国産小麦の高い価格を守るために、86%の外国産麦についても関税を課して、消費者に高いパンやうどんを買わせている。

 多くの政治家は、貧しい人が高い食料品を買うことになるとして、消費税増税に反対した。食料品の軽減税率も検討されている。その一方で、関税で食料品価格を吊り上げることは、政治家にとって国益なのだ。日本と異なり、アメリカやEUは、高い価格ではなく、財政からの直接支払いを農家に交付することで、消費者には低い価格で農産物を供給しながら、農業を保護する政策に切り替えている。なぜ日本では、それができないのだろうか?直接支払いでも農業は保護できるのに、なぜ農産物の関税維持、さらには関税で守られている高い農産物価格の維持、が国益になるのだろうか?

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 その答えは、アメリカやEUになくて、日本に存在するものがあるからである。それはJA農協という圧力団体である。

 アメリカやEUにも農協はあるが、特定の農産物の販売、資材の購入などのそれぞれの事業を専門的に扱う専門農協であり、日本のJAのように、銀行業務、生命保険、損害保険、全ての農産物や農業資材の販売、生活物資・サービスの供給など、ありとあらゆる事業を総合的に行う農協はない。協同組合だけでなく、日本全体の法人を見渡しても、このような法人は、農協しかない。銀行は他事業の兼業を禁止されているし、生命保険会社は損害保険業務を行えない。JAバンクの貯金残高は2012年度には88兆円まで拡大し、我が国第二を争うメガバンクとなっている。JA保険事業の総資産は47.6兆円で、生命保険最大手の日本生命の51兆円と肩を並べる。農産物や生活物資の売上でも中堅の総合商社に肩を並べる。このようなJAは日本最大の企業体かもしれない。しかし、農業が衰退する一方なのに、なぜ農業の協同組合であるJAは発展し続けるのだろうか?

 JAが持っているのは、経済力だけではない。農地改革で小作人に農地の所有権を与えることによって、農村は保守化した。この農村を組織したのが、JAだった。これによって、農村を基盤とする保守党の長期安定政権が実現したといっても、過言ではない。JAは戦後最大の圧力団体として、大きな政治力を誇示した。米価が低下すると、JAは政治力を発揮して政府に市場でコメを買い入れさせ、米価を引き揚げさせる。政治力こそJAの最大の経営資産である。

 1995年までの食糧管理制度時代には、政府がJA農協を通じて農家からコメを買い入れる価格を、高く設定することによって、農家所得を保護するという政策が続けられた。食糧管理制度がなくなって以降も、補助金を農家に与えて生産を減少させるという減反政策によって、高い米価が維持されている。

 高い米価のおかげで、零細で非効率な兼業農家が多数コメ産業に滞留し、農地を手放そうとはしなくなった。兼業農家にとって、零細で生産コストが高くても、町で高いコメを買うより、まだ自分で作ったほうが安上がりだからだ。この結果、農業だけで生計を維持しようとする主業農家に農地は集まらず、主業農家が規模を拡大してコストダウン、収益向上を図るという道は困難となった。また、高い米価はコメの消費を減少させた。高米価政策によって生産と消費の両面で打撃を加えられたコメ農業は、衰退した。

 我が国農業の総産出額は1984年の11兆7000億円をピークに減少傾向が続き、2011年には8.2兆円とピーク時の約3分の2の水準まで低下した。農業純生産(総産出額から原材料費などの中間投入を除いた農業の付加価値)は1990年の6.1兆円から2007年には3.3兆円へとほぼ半減した。特に、コメが著しく減少した。農業総産出額に占めるコメの割合は、1960年ころはまだ5割だったのに、2010年には、とうとう20%を切ってしまった。

 JA農協は、戦後の食糧難時代に、農家からコメを供出させるために、戦時中の統制団体を衣替えして、作った組織である。農業、特にコメ農業が衰退するのに、皮肉なことに、コメ農業に基礎を置く農協は大きく発展した。むしろ、コメ農業が衰退したことによって、JA農協は発展することができたと言った方が適切である。

 次の図は、さまざまな農業の中で、コメだけが、農業所得の割合が著しく低く、農外所得(兼業収入)と年金の割合が異常に高いことを示している。コメ農家平均の数値で、農家所得は441万円、その内訳は、農業所得48万円、農外所得189万円、年金等204万円である。つまり、コメを作っているのは、兼業農家や年金生活者だということである。

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 農業のうちコメは極めて例外的な特殊分野だという理解がなされるかもしれない。特に、コメの生産額が年々減少し、農業生産額に占めるコメの割合が、今では2割を切っているという状況では、コメの兼業農家の存在は、日本農業全体にとってはなんら重要ではない。むしろ、コメの兼業農家がいなくなってくれた方が、主業農家の規模が拡大して、コメ農業は発展する。

 しかし、それは農業から見た視点であって、JAの視点ではない。主業農家も兼業農家も、規模の大きい農家も小さい農家も、同じく農家であり、組合員に変わりはない。むしろ、JAにとっては兼業農家の方が重要なのである。

 次の図は農家所得(平均値)の内訳である。コメの兼業農家の農業所得は少なくても、その農外所得(兼業収入)は他の農家と比較にならないほど大きい。しかも、戸数も圧倒的に多い。コメ農家は農家戸数の7割を占める。したがって、農家全体では、コメの兼業農家の所得が支配的な数値となってしまう。兼業化、高齢化の進展で、農外所得、年金が大きく増加した。1955年には農家所得の67%を占めていた農業所得は、2003年では14%に過ぎない。今では、農業所得110万円に対して、農外所得432万円は4倍、年金等229万円は2倍である。

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 米価を上げることで、これと比例する農協のコメ販売収入も増加した。コメ農業の衰退をもたらした兼業農家の滞留は、農協にとって好都合だった。農業所得の4倍に達する兼業所得も年間数兆円に及ぶ農地の転用利益も、銀行業務を兼務できる農協の口座に預金され、農協は日本第二位のメガバンクとなったからである。米価を高くして兼業農家を維持したことが、農協発展の基礎となった。

 関税がなくなり価格が下がっても、アメリカのように財政で補填し、直接支払い、所得補償を行えば、農家は影響を受けない。所得の高い兼業農家への所得補償は、国民納税者の納得が得られず、主業農家に限定した所得補償が行われれば、米価低下により兼業農家が出してきた農地は、所得補償で地代負担能力が高まった主業農家に集積し、コメ産業のコストダウン、収益向上が実現する。消費者は価格低下の利益を受ける。

 しかし、農家は影響を受けなくても、価格が下がって販売手数料収入が減少する農協は困る。それだけではない。特に、関税がなくなって米価が下がり、兼業農家がいなくなり、主業農家主体の農業が実現することは、農協にとって組織基盤を揺るがす一大事だ。関税が撤廃されても、直接支払い、所得補償を行えば、農業は壊滅しないが、JA農協は壊滅するかもしれない。農協がTPPに対して大反対運動を展開しているのは、このためだ。問題の本質は、"TPPと農業"ではない。"TPPと農協"なのだ。


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