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2014.03.07

アメリカから見たTPP交渉

WEBRONZA に掲載(2014年2月21日付)

 数日前からワシントンに滞在し、通商代表部(USTR)の幹部に近い人やガット・ウルグァイ・ラウンド交渉をともに交渉した人たちなどと、意見交換をした。仕上げとして、20日の夜(日本時間で21日の朝)は、シンガポール閣僚会議へ出発する直前のフロマンUSTR代表のスピーチを聴いた。

 これでアメリカ政府の交渉スタンスが大体把握できた。

 まず、アメリカは、シンガポール閣僚会議でも日本の農産物の関税撤廃に対して、強硬な態度をとり続けるだろうということである。これには、いくつかの理由がある。

 第一に、トレード・プロモーション・オーソリティ法(日本では、大統領貿易促進権限法と訳されている)の頭文字をとったTPA法案との関係である。アメリカでは、憲法上、通商交渉の権限が議会に与えられている。議会は政府が交渉した結果でも、自由に修正できる。WTOが出来る前のガットの時代、各国が交渉して合意した結果の一部を、アメリカが認めなかったことがあった。このため、議会の通商権限を行政府、つまり大統領に渡し、アメリカ議会は政府が行った交渉の結果すべてに対して「イエス」か「ノー」だけ言い、一切修正しないという法律を作るようになった。これがTPAである。しかし、議会には労働組合などの支援を受ける民主党の議員たちに自由貿易反対派が多く、この前のTPA法は、わずか1票差で下院を通過している。

 これまでは、交渉を妥結する前には、アメリカ政府はTPAを獲得している。しかし、1月に出されたTPA法案については、提案者のボーカス上院財政委員長が中国大使に転出したり、民主党のペロシ下院院内総務が否定的な態度をとるなどから、今年中の議会通過は困難だというのが、ワシントンの通商関係者の大方の見方である。つまり、オバマ大統領がアジアを訪問する4月までに、アメリカ政府はTPAを獲得できないこととなる。

 これまでだと、TPAを持たないでは交渉を妥結できないことになるのだが、フロマン代表などUSTRは、逆に"良い内容のTPP交渉結果"を実現できれば、議会にTPA法案可決を強く迫れると考えている。つまり、これまでのような"TPA法案可決→TPPなどの交渉妥結"ではなく、"良いTPP交渉妥結→TPA法案可決"という流れだというのである。

 そのためには、アメリカが21世紀型協定だと言っているように、関税撤廃やルールなどでレベルの高い協定を実現する必要があるし、日本の農産物の関税を撤廃し、アメリカ農業界が評価するようなものでなければならない。もちろん、他の関係業界、労働組合、環境団体からも評価を受けるものである必要がある。つまり、これらの利害関係者の意見を気にする議会に、交渉成果を"売れる"ものとならなければならないということである。

 第二に、日本に農産物の関税撤廃の例外を認めてしまえば、TPP交渉に参加している他の国が国営企業、知的財産権などの分野で、これまでTPP交渉でアメリカに譲歩してきたものを撤回しかねず、アメリカにとって、ますます議会に売れない協定になってしまうということである。関税撤廃の例外を譲らない日本抜きで、交渉を妥結しようという意見もあるそうである。

 最後に、TPP交渉で悪しき前例を作ってしまえば、これからのEUなどとの交渉に悪影響を与えかねないということである。

 もちろん、アメリカにとって、豪州に対する砂糖、ニュージーランドに対する乳製品という弱い部分をどうするかという問題がある。しかし、乳製品については、カナダが参加したことで、カナダ市場を開放できれば、アメリカ市場への影響は少なくなると、見ているようである。つまり、関税撤廃に応じることは可能だということである。砂糖については、譲歩案を提案しているが、豪州の反応は芳しくない。砂糖については、大統領選挙の帰趨を決めるスィング・ステイトと呼ばれるフロリダ州の生産者が、多額の政治献金を行うなど、大きな力を持っている。貿易交渉で砂糖の関税撤廃という結論でも出ない限り、価格支持(関税)から直接支払いという政策変更はできないという。つまり、外圧が必要だというのだ。どこかの国と事情が似ている。

 フロマン代表などの交渉スタンスについて、否定的な見方もある。"良い内容のTPP交渉結果"とは何なのだというのである。今のTPA法案にもあるように、アメリカ議会には、貿易を拡大するために、通貨を操作してはならないと各国に義務付けるべきだという注文がある。日本が為替を円安に誘導することによって、自動車の輸出を拡大しているというアメリカ自動車業界の反発が根っこにある。USTRだけでなく財務省などアメリカ政府はこれに反対している。アメリカ議会を説得するためには、この要望をTPP協定に書き込まなければならない。そんなことはできないだろうというのだ。

 結局、「2014年どうなるTPP交渉(下) 三つのシナリオ」で示した通り、2015年にTPPもTPAも一緒に決着するというシナリオに落ち着きそうである。その内容も、「コメは安楽死するしかない!? 外れてほしかったTPP交渉予想」で示した通りになりそうである。アメリカの小麦業界は、いまのままの制度(関税割り当て制度で農林水産省がアメリカのシェア60%を維持して輸入)のもとで日本に安定的に輸出できるほうが良いと考えていたようであるが、他の国の市場を考えると、日本に関税撤廃を迫ることに方針を転換したようである。私の農産物交渉についての予想を否定する人はいなかった。これまでの日本との交渉では、日本が方針を転換するには時間がかかるのに、どうもフロマンUSTR代表などアメリカ人は"我慢ができない(impatient)"だというコメントもあった。


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