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2014.02.28

農協改革の視点 JA(農協)にメスは入るか

WEBRONZA に掲載(2014年2月14日付)

 農協改革が成長戦略のアジェンダに浮上している。6月頃までに、改革がまとめられるとされている。しかし、1955年には、総理を目指していた河野一郎農林大臣が、農協から金融事業を分離しようとしたが、果たせなかった。小泉内閣の下でも、規制改革会議で同じような分離論が検討されたが、その報告が取りまとめられる前に、自民党農林族が官邸に押し掛けて、これを潰してしまった。戦後最大の圧力団体農協を改革することは、難題である。

■農協法の二つのうち一つの目的は達成された

 1947年、終戦直後に作られた農業協同組合(農協)法は、第一条で、農協の目的を「農業者の協同組織の発達を促進することにより、農業生産力の増進および農業者の経済的社会的地位の向上を図」ることだと定めた。

 しかし、この法律の目的は現在も妥当なのだろうか。戦前、農村や農業という言葉から人々は"貧しさ"を連想した。小作人は収穫したコメの半分近くを地主に小作料として納めさせられた。"おしん"のような人はたくさんいた。後に民俗学者となった柳田國男をはじめ、戦前の農林省には、農村の貧困を解決しようとして、多くの人材が集まった。

 しかし、戦後の経済復興、高度成長を経て、「農業者の経済的社会的地位の向上」という目的は達成された。1965年以降、農家の所得は勤労者世帯の収入を上回って推移するようになった。農家は農地改革でもらった農地を宅地などへ転用することで、莫大な利益を得た。農村や農業から貧困は消えた。農業機械が普及し、農作業のつらさ、厳しさもなくなった。今では、サラリーマンが土日に田植え機やトラクターなどを動かすだけで、簡単にコメは作れるようになった。腰の曲がったお年寄りは、農村でも見かけなくなった。"おしん"はもういない。今では、「農業者の経済的社会的地位の向上」を達成するために、農協組織は必要ではない。

■農協が農協法のもう一つの目的達成を妨害した

 農協法が目的に掲げたもう一つの「農業生産力の増進」という目的は未だ達成されていない。農協法が作られてから、既に70年近い年月が経過したにもかかわらず、達成されていないことは、「農業者の協同組織の発達を促進すること」により、「農業生産力の増進を図る」ことは、効果がなかったことを意味している。

 「農業生産力の増進」は達成されなかったが、その手段として農協法の目的に掲げられた「農業者の協同組織の発達を促進すること」は、十分すぎるほど達成された。JA農協組織は預金量第二位のメガバンクに発展した。農協の保険事業も業界第一位の日本生命に肉薄している。農業が衰退するにもかかわらす、農協は大きく発展した。しかも、このような巨大な独占事業体が、協同組合という理由で独禁法の適用を除外されている。

 「農業者の協同組織の発達を促進すること」は「農業生産力の増進」につながらなかった。というより、それを妨げた。農協が主導した、高米価・減反政策によって、圧倒的多数の兼業・片手間農家が存続し、農業所得をはるかに上回る兼業所得や農地の宅地等への転用利益が農協口座に預金された。こうして、農協は、農業だけで生きようとする農家らしい企業的農家の規模拡大を妨げ、「農業生産力の増進」を阻害した。それが、農協組織の利益となったからである。農協の発展や繁栄は、農業の衰退や犠牲の上に築かれた。

■JA(農協)は必要なのか?

 農協法が掲げた二つの目的の一つは既に達成された。もう一つの目的を達成するうえで、「農業者の協同組織」、つまり農協の発達を促進することは、有害だった。となれば、農協の存在意義はもうなくなったということではないだろうか。「農業者の協同組織」が農業の発展に必要だとしても、それはJAという農協組織とは全く別の組織ではないだろうか。

 既にJAでは十分な収益が確保できないと考えた企業的農家のグループは、農産物の共同販売などのために、株式会社を設立したり、中小企業等協同組合法によって農業の協同組合をJAとは別に設立したりして、積極的に活動している。平等で小さな農業者が協同組合を作り、一致団結して巨大な資本に対抗するという構図は、農地改革直後の均質的・同質的な農業・農村には妥当した。

 しかし、企業的農家や零細な兼業農家など農家も多様化し、農村でも農家は少数派となるなど混住化、異質化が進んだ今日では、妥当しなくなっている。果たして、農業について協同組合が必要なのかという根本の議論を、徹底して行う必要がある。少なくとも、大規模な企業的農家も零細な兼業農家も全て平等の組合員として扱うJA農協が、今日の時代に適合できなくなっていることだけは事実である。

■JA農協はもはや"農業"の協同組合ではない?

 これまでは、JAと農業や農協法の目的について論じてきた。JAは、農家や農業者を組合員とする"職能"組合である。農協法の目的も、農家や農業についてのものである。ところが、JAには、正組合員である農家のほか、地域の住民なら誰でも組合員としてJAを利用できる"准組合員"という、他の協同組合にはない特殊な制度がある。農産物の販売等の農業関係業務は基本的には正組合員である農家を対象としているが、生活物資の供給、信用(銀行)・共済(保険)などは准組合員も対象としている。准組合員は巨額の農協預金の融資先として、農協の発展を支えてきた。

 当初、農協法が作られたときは、准組合員はあくまでも例外的な存在だった。しかし、今では准組合員は大きく増加し、その数は正組合員数を上回っている。農協法の目的とは全く無縁の准組合員の増加は、農協が"脱農化"で発展したことの一つの現れである。しかし、行きすぎた脱農化は、JA農協がもはや"農業"の協同組合でもなくなりつつあることを示している。

 大きな経済力を持つだけではなく、依然として強大な政治力を持つJAグループにメスを入れることは容易なことではない。過去のチャレンジは、その都度JAグループに撃退されている。しかし、JA農協が二人三脚で歩いてきた食糧管理法は1995年に廃止され、コメ行政を担ってきた食糧庁という大きな組織も2003年に消滅した。現在農林水産省でコメを担当しているのはわずか一つの課だけとなっている。戦後農政は維持できなくなっているのである。

 農協改革には、独禁法の適用除外の妥当性、信用・共済事業の分離など重要な論点があるが、それらを検討する前に、農協組織の必要性についても、議論すべきだろう。


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