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2013.03.26

WEBRONZA【アベノミクスを聞く】第6回 一橋大学教授・小林慶一郎氏 財政有事に備えた危機管理を

WEBRONZA に掲載(2013年2月21日付)(承認番号:A15-2603)

シリーズ「アベノミクスを聞く」第6回目に登場する有識者は、日本の財政危機を憂える一橋大学経済研究所教授の小林慶一郎氏だ。世間はアベノミクスに浮かれすぎてはいませんか、危機のマグマはたまっているのですよ――温和な語り口で、そう諭す「警世の士」である。(インタビューは2月8日:大鹿靖明氏)

 

 ――アベノミクスのご評価はいかがですか?

  安倍総理が打ち出した「3本の矢」のうちの最初の一つである金融政策は滑り出しがよさそうで、心理的な効果も含めてよかったかなと受け止めています。3本目の矢の「成長戦略」は、医療介護の規制緩和や株式市場・労働市場の改革のような「大物」のネタに手をつけないと、ちょっと期待薄ですね。いままで、いろんな成長戦略をつくってきましたがうまくいっていない。今回も公的ファンドなどで競争力を失った企業を助けるようであれば、成長しない人たちを助けるだけではないか。それは成長戦略ではないのではないか、と思います。私が特に憂えているのは、2本目の矢の「財政の機動的出動」についてです。政治的には参院選まで「バラマキ」を展開するというのはやむを得ないことかもしれませんが、中長期的に財政を立て直すという方向を示さないと大変なことになると思うのです。しかし、今の安倍政権がはたして財政を立て直していくようなリーダーシップがあるのかどうかは疑わしい。ひょっとしたら矢は的を外れてしまうかもしれない。

 ――どういうことですか?

  早くも「景気が上向いたら消費税を増税しないでいい」という声があがっていますが、いったい、どういう根拠でそういう見方が出てくるのだろうと思いますね。米国UCLAのゲイリー・ハンセン教授と南カリフォルニア大のセラハティン・イムロホログル教授は、日本のインフレ率が1%で、現状の社会保障制度をおおむね維持するとした場合、消費税率を33%ほどに引き上げないと、日本の公的債務が無限大に膨張するのを止めることができない、と試算しています。今の時点でも、公的債務の対GDP比率が無限大に向かって発散していく途中ですが、それを有限のところで止めるには、消費税率を30%以上にしないと止まらない、というのです。これは何も奇矯な意見ではありません。データをもとに長期的に予測をすれば、自然に出てくる結論なので、日本の多くの経済学者や市場エコノミストなども、みな、消費税率を30%以上にしないともたない、とうすうすは分かっています。だからこういう試算結果を話しても、経済の専門家は驚かない。しかし、消費税率30%という数字を言うと、普通の人は驚いてしまいますね(笑)。いまのは1%インフレのケースですが、これが2%インフレとすると、たとえば年金の支出額は若干減ります(マクロスライド方式によってインフレ率に見合う増額をしないで、むしろインフレ率よりも抑えぎみにする仕組みが埋め込まれているからです)。それで財政の負担を少し抑えることができますが、それでも消費税率を28%ぐらいにしないとなりません。インフレ2%で財政が楽となるといっても、たかだか消費税率4、5%分ぐらいの節約にしかならず、28%もの消費税が必要になってくるのです。つまり、たとえ金融緩和をやってインフレにしたとしても、大幅な増税か社会保障費を削減するか、どっちかをやらないとならない。この点は、なにも変わらないのです。

 ――そうなんですか! そういうことをもっと新聞で書いてほしいですよね。あるいは小林さんを含めて学者の方々も、もっと発信すべきではないのですか。

  言っているのですが、しゃべっても記事では小さく扱われて(苦笑)。突拍子もない意見だと思われているのでしょう。でも、いま申し上げた米国の学者たちは向こうの学界の重鎮なのですよ。アメリカの専門家が、素直に日本の公表された数字をもとにして淡々とシミュレーションしてみたら消費税率30%以上が必要という結論になったということです。

 ――じゃあ、マスコミのアベミクス礼賛は浮かれすぎでミスリーディングになってしまうかもしれませんね。

  金融緩和ですべてが解決するという幻想を振りまくべきではないと思いますよ。多少、円安・株高で輸出産業が儲かるようになるということではあるでしょうが、一方で東電の燃料調達費はかさむし、景気押し上げ効果がどれほど大きいか疑問ですよ。そもそも金融緩和によっても、財政問題はほとんど解決しない。それどころか、インフレになって金利が上がると財政破綻が、あっという間に近づいてくる。だから財政再建をきちんと進めながら金融緩和をしないと。単純に金融緩和だけをやると、カタストロフが近づいて来ます。

 ――そうですか? 金利が上がってきたら日銀が引き締めたら済むことでは?

  でも、日銀が引き締めるということは、さらに金利を引き上げるということなので、ますます高金利で倒産と失業が大量に増えます。経済がガタっと落ちて、またデフレに戻るのではないのですか。それはストップ&ゴーですよ。

 ――しかし、日本の金融機関は運用先が他にないので、最終的に国債を買うしかなく、需給面がタイトであり続け、つまり国債は市場で消化され続け、暴落しないで済むのではないでしょうか。

  いやいや、円安になってインフレになると、日本国債よりも海外資産が魅力的になります。ですから海外にお金が流れていくのです。いまはデフレで円高なので、海外に投資しても損をするので、円で持っていたほうが魅力的です。ですからデフレで円高のうちは国債が買われているのです。もしリフレ政策が成功してインフレになったら、いままでの「海外資産を買うよりも、日本国債を買ったほうが得」という投資環境が、逆の動きになってしまうのです。日本の銀行だって、海外投資のほうが得するとなれば、海外債券を買うようになるでしょう。そうすると日本国債への需要がガタっとなくなって、ますます国債が売られ、そうなると円安になって、ますます海外資産を買いたくなる......。いったん、そういうスパイラルになると、国債を持っているのは、銀行や信金、信組などの金融機関ですので、国債が暴落すれば銀行のバランスシートが傷むことになり、1998年ごろにあったような「貸し剥がし」が横行するようになるかもしれません。地域経済は大きな打撃を蒙るでしょう。同時に株安、円安に債券安も重なるトリプル安になりえます。そう想定することは決して不合理ではないと思います。ですから、安倍政権は「これから財政の立て直しもやるんだ」ということをマーケットに信用してもらうような政権運営をしないといけない、そう考えますね。

 ――なるほど。バブルがいつ崩壊するのか予見することは難しいですよね。私も証券市場を担当しているころにITバブルが崩壊するのを目の当たりにしましたが、「危ういな」と思ってはいても「行け、行け、どんどん」という声にかき消されがちでした。リーマンショックも、投資銀行やファンドの中には異様なカネ余りに危機感を抱く人はいたのですが、ゲームを途中で抜け出すことができませんでした。極端にふれたことは、ある日、予想しえないような形で崩壊するものですね。投機筋が仕掛けてくるかもしれません。

  いまのところデフレが続いているので、日本国債の暴落を仕掛けてきた海外のファンドなどは負けていますが、アベノミスで一息ついて「どうやら日本は財政再建の意欲がなさそうだ」と思われるようになると、話が変わってきます。本当に名目金利が上がり始めると、日本の財政破綻シナリオがありうることと受け止められるようになります。そうなると制御できなくなって国債が暴落するということはありえますね。

 ――そのときの危機管理シナリオというのを政府は考えないといけないのではないですかね。

  実は財務省や経産省、日銀OBら何人かで財政破綻のシナリオを何度か議論をしてみたのですが、ほとんど何も準備がなされていないというのが実情なのです。たとえば生命保険会社をどうするかという問題があります。生保も国債を大量に持っているのですが、銀行ではないので日銀の取引相手ではない。いざとなると流動性危機に陥ります。日銀が生保に流動性を供給するには、生保のメーンバンクを通じて供給するしかない。はたして、そういうことが危機の時にスムーズにできるのか。そもそも日本政府の資金繰りが今の法律では年度をまたげないという問題もあります。年度内ならば日銀からいくらでも借りられるので日銀から借りられますが、3月31日を超えて資金繰りを続けるというのは今の制度上では想定されていない。そうなると、政府がその月に決まった現金を支払えなくなりますから、年金の支払いや公務員給与が払えない。支払いの時期をそうとう繰り延べるとかしないといけない。そのときの資金繰りをどうするか。それと地方の信金、信組が破綻して地域経済がメタメタになる。それをどうするか。

 ――少しは政府で考えている人はいないんですか?

  個人的に心配している人はたくさんいますが、茶飲み話でいうくらいで、業務として考えている人はいないんです。日本の軍隊と同じで、「負ける」という前提のシミュレーションを考えることはやらないのです。なぜやらないのか、という理屈がいかにも官僚組織の病理を象徴しています。彼らの理屈はこうです:
  「財政再建を成功させる(財政破綻をさせない)」ことが政府の任務なので、「財政破綻が起きたらどうするか」というシミュレーションをすること自体が、政府の自己否定になる。だから、財政破綻が起きることを前提にした事後対策を考えることを、政府がやってはならないのだ......。
  財務省の人もそれ以外の人も政府の役人に財政破綻が起きた場合の対策を考えないのかという話をすると、口をそろえて、「政府の公式な業務としてはやれない」と言いますね。結局、官僚組織のロジックを乗り越えるには、政治家からの強力な命令がなければなりません。政治家から命令されれば、官僚は「財政破綻後のシミュレーション」を堂々とやれるわけです。しかし、政治家は政治家で、財政破綻なんて起きないだろうとタカをくくっている人が多い。だから、政府に入った与党の政治家は、「財政破綻後のシミュレーションをやれ」、と官僚に言わない。こうして官僚も言い出せず、政治家も言い出さず、国民世論も言い出せない、という三すくみのような状態で、「財政破綻が起きた場合の対策」という重要な政策課題が、手つかずのまますっぽり抜け落ちているのです。

 ――非公式には? 週刊誌が、国債暴落を検討したシミュレーションが財務省にある、と報じていましたよ。

  週刊誌が書いたのは、国債マーケット対策について財務省が検討したものですね。そういう個別対策はやっているかもしれませんが、危機の全体シナリオはできていない。年金を支払いできないときにどうするかとか、かなりの増税策を打ち出さないとパニックを止められないけれど、それをどうするのかとか、破綻寸前の金融機関の対策も必要だけれど、どうするのかとか。とにかく財政にかかわるあらゆる分野を動員して考えなければならないのですが、それをやっていない。

 ――じゃあすべては想定外なわけですね。原発事故とまったく同じですね。

  原発事故が起きる前は、原子炉のことは細かく想定していても、大規模な住民避難は考えていなかった。それと近いことが財政分野でも起きています。公的年金の支払いや公的医療サービスが滞るようなことがあれば、生命の危機にさらされる人も出てくるでしょう。

 ――過去に財政破綻した国からケーススタディを学んで対策を研究することはできないのですか。中南米諸国とかギリシャとか、終戦時の日本とか。

  アルゼンチンは物価が百何十倍にもなって、自国通貨の信認が失われてドルに逃避して、公的医療も崩壊して普通なら助かる人が死亡したといいます。貧困層の方は相当間接的な影響を受けて亡くなっているはずです。

 ――そういう指摘が「トンデモ学者」、あるいは「オオカミ少年」とみられることはないですか?

  私はすぐ明日にもそうなるとはいっていません。財政危機のマグマがたまっているということを言っているのです。なぜいま国債が暴落しないのかというと、円高傾向が続いているため、金利がゼロであっても国債を買ったほうが海外投資よりも儲かるため、買われているのです。日本の国債の95%は国内の投資家が持っています。経常収支黒字(貿易収支も震災までは黒字)でしたので、海外で儲けたお金を国債に投資するようになっています。この状態が続けば十数年は財政破綻まで余裕があると思っていましたが、インフレになるとひょっとしたら数年後くらいに危機の到来が近づくかもしれません。

 ――小林家はそれに対する「我が家の防衛策」はありますか?

  ですから、こうやって情報発信して「改革をやってください」というのが最大の防衛策です。私は、こうした現状を踏まえて高齢者の方々が「自分たちの年金や医療を削減してください」と言い出すようになってほしいと思っています。「給付は少なくていい」と高齢者に言ってもらいたい。若者から吸い上げて高齢者に回しているのですからね。今後、高齢者医療費の財政負担が年金以上に国にとって重荷になってきます。早く納税者番号制度を導入して、豊かな高齢者とそうではないお年寄りとを区分できるようにし、高齢者の中でも本当に気の毒な人だけに公的支援を手厚くする仕組みにしないと社会保障制度が持ちません。若者や現役世代だけではなく、豊かな高齢者にも応分の負担をしてもらって、気の毒な高齢者に回すような同世代の相互扶助の制度を作るべきです。



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