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2012.08.29

農業再生につながらぬ政策を再考せよ

WEBRONZA に掲載(2012年8月13日付)

 日本再生戦略で農林漁業が重点3分野に挙げられている。その目標として、担い手不足の解消、農業の規模拡大による生産性向上、農林漁業に加工、流通、観光業を加えた6次産業化による農林漁業者の所得向上、高いレベルの経済連携と農林漁業の再生や食料自給率の向上の両立が、掲げられている。この目標自体に大きな反論はないだろう。

 問題は、それを実現するための政策である。


 一つ目の重点政策は、戸別所得補償を推進するとともに、地域の中心的な経営体へ農地が集積するように、農家が農地利用集積円滑化団体等へ自作地を白紙委任するときに、農地の出し手となった農家へ協力金を交付するとしている。農地利用集積円滑化団体等を通じて地域の中心的な経営体へ農地が貸し出され、規模拡大が進むことを想定している。これにより、現在1ヘクタール程度の水田農業を20から30ヘクタールにしようとしている。

 規模拡大によって生産性が向上すれば、コストが下がり、TPPなど農産物関税のほとんどを撤廃する高いレベルの経済連携協定を推進することができるという考えなのだろう。しかし、残念ながら、ここに掲げた政策では、この目標は実現できない。理由は三つある。

 一つは、この政策の裏側に、減反政策の維持が明確に存在しているからである。戸別所得補償の受給資格者は減反に参加している農家である。戸別所得補償の推進と減反政策の維持は同義である。農産物1単位のコストは、農地面積当たりの肥料、農薬、農機具などのコストを農地面積当たりの収量で割ったものである。農地面積当たりのコストは規模拡大や安い農業資材の購入で低下する。

 品種改良で農地面積当たりの収量(単収)を増やせば、コストは低下する。しかし、減反を行っているもとで、単収を増やせば、必要な作付面積は減少し、減反面積が増加する。そうなると減反の補助金が増えるので、財政当局は嫌がる。結果として、国や都道府県の研究者は単収向上のための品種改良を行わなくなった。今では、日本の単収はカリフォルニアより4割も低くなっている。減反の維持は単収向上によるコストダウンを困難とする。

 第二に、戸別所得補償の受給資格者は、零細な兼業農家を含むすべての販売農家である。市場米価に戸別所得補償が上乗せされるということは、米価が上昇したことと同じである。かつて食管制度の高米価時代には、コストの高い零細な兼業農家も町で米を買うよりも自分で作った方がまだ安上がりだと考えて、農業を続けてしまった。農地が出てこないから、専業農家の規模拡大は進まなかった。戸別所得補償政策の本質は、食管制度への回帰である。

 零細農家を「戸別所得補償」で温存しながら、零細農家に協力金で農地を出させようとする、暖房と冷房を一緒にかけるという矛盾した政策を取ろうとしているのだ。と言うより、高米価プラス農地流動化奨励金という方法は、これまで何十年間も農政がさんざん使って全く効果が出なかった政策なのである。しかも、あろうことか、農地の出し手に協力金を払うという政策は、民主党が政権交代後直ちに事業仕分けした麻生政権の目玉政策なのである。

 第三に、このシステムの核となる農地利用集積円滑化団体の過半が「農協」だということである。「地域の中心的な経営体」の中には、農産物の販売などで農協のライバル的な活動を行っているものが少なくない。肥料や農薬などの資材の購入も農協を通さない経営が多い。農協組織の基本は零細な兼業農家も規模の大きい専業農家も全て等しく扱うという一人一票制である。

 このため、1961年の農業基本法以来、農協は担い手への農地集積を通じた構造改革という考え方に一貫して反対してきた。これに対抗して考え出したのが、地域のすべての農家が参加する「集落営農」という概念だった。地域農業に複雑な利害関係を有する農協が、組織の原理とも相容れない、「地域の中心的な経営体」への農地集積という公益的な役割を果たすことができるのか。農政に関し穏健な主張を行う生源寺真一名古屋大学教授さえも指摘する論点である。(「迷走する農政と人・農地プラン」東京財団)


 二つ目の重点政策は、ファンドの設立による6次産業化に取り組む事業体への出資や経営支援等である。そもそも6次産業化とは、農林漁家が一次産業にとどまらず、自らが生産したものを加工したり、農家レストランで提供したり、あるいは民宿等の観光業を行うことによって、付加価値を付け、所得を向上させようとするものである。あくまで主体は農林漁家、特に農業者である。

 しかし、このファンドは農業者が主体となる農業生産法人には出資できない。農地法によって、農業関係者以外の出資額の比率も抑えられているうえ、出資した場合には、農業生産法人が作った生産物の加工や流通を行うなど、このファンド自体が農業生産法人と何らかの取引上の関係を持つことが要求されているからである。

 これは、農地改革の成果である「所有者=耕作者」、すなわち自作農が望ましいとする農地法が、株式会社のような所有者と耕作者が分離する農地の所有形態―農地の耕作や経営は従業員が行い、農地は株主が所有する―を認めないからである。

 このため、支援対象は、農林漁業者やこれと連携する6次産業化パートナー企業(加工販売事業者等)が出資した6次産業化事業体となる。6次産業化の理念から、農林漁業者が主たる経営者であることが要求されているが、農業者にとっては、自らの農業生産法人とこの6次産業化事業体の二つの経営を行わなければならないことになる。

 農林漁業についての日本再生戦略の問題は何か。これまで農業をゆがめてきた減反政策、バラマキ政策、農協、農地政策という根本の問題に何もメスを入れないで、その上に見た目だけよい政策を継ぎ足したことである。根っこにある政策を変えない限り、日本再生戦略の目標達成は泣く子が月をせがむようなものである。


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