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2012.04.24

TPPの疑問点に答えます

国家基本問題研究所ホームページに掲載

< 簡略化したものを掲載しています。オリジナルバージョンは、こちら(PDF:472KB) からご覧いただけます。 >



 TPP(環太平洋連携構想)については、国基研にもさまざまな疑問が寄せられました。平成23 年10 月にTPP 推進の立場から報告書をまとめたキヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹に、回答してもらいました。


1、TPP は国を売り飛ばす?
【疑問】TPP は日本の社会秩序を変え、国柄を変えてしまう危険な内容を含んでいます。TPP は日本にとって亡国協定となる恐れが大きいのです。TPP は金融、投資など24 分野にわたって関税を撤廃しようとするもので、こんなものに参加すれば日本は関税自主権を失い、米国の餌食になって、その揚げ句、誇るべき伝統や文化までもが破壊され尽くされてしまうでしょう。国を売り飛ばすようなTPP をなぜ推進するのか、理解できません。
【答え】
 工業製品や農産物などの物品については、貿易を制限するために関税が課されています。貿易の自由化とは、関税の削減・撤廃を意味します。これまで我が国が結んできた自由貿易協定では、多数の農産物を関税撤廃の例外としてきました。これに対して、TPP 交渉では、例外なき関税の撤廃が目指されています。しかし、例えば農産物の関税が撤廃され、農産物価格が下がっても、アメリカや欧州連合(EU)が行っているように、農家に直接支払いの補助金を交付すれば、農家は困りません。困るのは、農産物価格に応じて手数料収入を得ている農協なのです。「TPP と農業問題」というとらえ方は正確ではありません。 正しくは、「TPP と農協問題」です。
 金融などのサービスについては、関税はそもそもありません。サービス分野の交渉では、各国の国内規制を前提として、例えばスイスに与えると同じ待遇をインドにも与えるという最恵国待遇の原則や、国内の事業者と外国の事業者を同一に扱うという内外無差別の原則をどこまで認めるかが、交渉の対象となります。サービス交渉で自由化とはこのことです。従って、自由化の約束とは、規制の撤廃を意味するものではなく、各国が自由に国内規制を作成、実施することを妨げるものではありません。つまり、これによって今の日本の医療制度や伝統文化についての規制が変更されるものではないのです。さらに、物品の 関税と違って、サービス分野の自由化には例外が認められます。
 投資についても、関税はありません。外国に投資を行う場合、①技術情報の開示を求められる、②その国の企業が製造した部品の購入を要求される、③投資収益を日本に送金できない―などの規制が課されることがあります。TPP などの交渉は、こうした規制を取り除こうとするものです。我が国にはこのような規制はありません。TPP に参加することによって、我が国には不利益はなく、日本企業の海外への投資が自由に行われ、また、保護されるという利益を受けることになります。
  「関税自主権」に一言しておきます。確かに一部農産物については高い関税が残っていますが、それを除けば日本の関税はおおむね数%かゼロとなっています。しかも、農産物についての高い関税も含めて、世界貿易機関(WTO)にこれ以上あげることはしませんと約束しています。花や自動車については関税ゼロで約束していますから、関税をもはや課することはできません。これは、日本だけでなく、WTO に参加している国なら皆同じです。今やWTO 未加盟国を除き、関税自主権を持っている国はないのです。

2、ISDS 条項は危険?
【疑問】TPP には、外国企業が投資先の国を訴えることのできるISDS 条項と、「TPP 交渉で決まったことは修正不可能」という恐るべきラチェット条項があるのです。ISDS 条項によると、企業は投資先の国の制度や政策によって不利益を被ったと思った場合、仲裁機関に訴えることができます。裁定基準は「企業が損害を被ったか」という一点だけです。これは米国寄りの無茶苦茶な制度です。国が負ければ巨額の賠償金を払うか、制度を変えるしかないのです。日本がTPP に参加して、米国企業が「日本の国民皆保険はわれわれのビジネスの障害だ」とか「遺伝子組み換え食品を受け入れろ」と訴えれば、日本は負けます。米国の狙いは、ISDS 条項をねじ込んで米国企業が訴訟のテクニックを駆使して儲けることです。

【答え】
 ISDS(Investor‐State Dispute Settlement)条項とは、投資家が投資先の国家の政策によって被害を受けた場合に、その国家を第三者である仲裁裁判所に訴えることができるというものです。国有化に見られるような直接的な財産権の没収、収用の場合だけではなく、規制の導入や変更によって収用と同じような被害を受ける場合や、投資家の期待した利益が損なわれるような場合についても訴訟の対象とされるので、日本政府が外国企業から訴えられるのではないかという批判がされています。
 しかし、単に投資家が損害を被ったというだけで、訴えることができるというものではありません。規制の変更などによって国有化に匹敵する「相当な略奪行為」があるような場合や、国内の企業に比べて外国の企業を不当に差別す るような場合でなければ、ISDS 条項の対象とはなりません。
 ISDS 条項については、アメリカ、カナダ、メキシコが参加する北米自由貿易協定(NAFTA)のISDS 条項を使って、カナダやメキシコの環境規制がアメリカの企業に訴えられたことから、環境団体が問題だと主張するようになったものです。しかし、問題となった事件は、カナダがガソリン添加物の規制を導入することによってアメリカの燃料メーカーが操業停止に追い込まれたために起きたものでした。ガソリン添加物の使用や国内生産は禁止しないのに、州をまたいだ流通や外国からの輸入については規制し、外国企業に一方的に負担を課すものでした。これは、ISDS 条項の問題ではなく、訴えられた国の政策が明ら かにおかしいものでした。
 また、仲裁裁判所の一つはアメリカ人が総裁をしている世界銀行の下に設けられているので、アメリカに有利な判断が下されるという主張がありますが、これは根拠のない主張です。世銀は仲裁判断に一切関与しません。また、NAFTA成立後20 年近い間でアメリカ企業がカナダ政府を訴えたのは16 件ですが、アメリカ企業が勝ったのは2 件で、5 件で負けています。
 外国企業のみを狙い撃ちするような不当な措置でなければ、医療政策、環境規制や食品の安全性・表示規制なども、問題とされることはありません。しかも、仲裁裁判所では金銭による賠償を命じるだけで、規制の変更が命じられる ことはありません。
 既に日本がタイや中国などと結んだ24 の協定にもISDS 条項は存在します。日本企業がタイを訴えるのは良くて、アメリカ企業が日本を訴えるのは問題だというのは奇妙な論理です。
 どの協定にも同じISDS 条項があるのではありません。日本が懸念を持つ事項があれば、それを解消できる規定とするよう交渉することが可能です。アメリカもISDS 条項に限定を加えてきています。他方、訴えられることばかり心配されますが、日本の投資家が海外で不利な扱いを受けないようにするためには、ISDS は実は必要な規定なのです。
 なお、米韓のFTAにラチェット規定があるので問題だという批判があるようです。これは、現状の規制水準を緩和したらもとの規制に戻さないという約束規定です。しかし、投資や一部のサービス(国境間のサービスおよび金融)について、米韓FTAで定めた原則に対して例外を設けた措置に限られるものです。しかも、例外措置にも、ラチェット規定が適用されない措置も存在します。ラチェット規定があるために、BSEについて、いったんアメリカ産牛肉の輸入条件を緩和すれば、元の規制に戻せないという主張がなされましたが、SPS(衛生植物検疫措置)は投資やサービスではありませんので、そもそもラチェット規定は適用されません。

3、農業とコメは壊滅?
【疑問】TPP に参加すれば、日本の農業は回復不能の打撃を受け、壊滅します。日本のコメは米国のコメよりずっとおいしいから、高くても購入したい人はいるので、勝ち残るチャンスはいくらでもあるといった考え方は安易です。カリフォルニア米と日本のコメを比べると、味は五分五分、あとは値段のみの勝負となります。

【答え】
 日本農業はアメリカやオーストラリアに比べて規模が小さいので、コストが高くなり競争できないという主張がなされています。農家一戸当たりの農地面積は、日本を1 とすると、EU9、アメリカ100、オーストラリア1902 です。
 規模が拡大すれば、コストが下がることは事実です。しかし、この議論は、各国が作っている作物、単収(単位面積当たりの収穫量)、品質の違いを無視しています。この主張が正しいのであれば、世界最大の農産物輸出国アメリカもオーストラリアの19 分の1 なので、競争できないはずです。これは、各国が作っている作物の違いを無視しているのです。アメリカは大豆やトウモロコシが 主体で、オーストラリアは牧草による畜産が主体です。米作主体の日本農業と比較するのは妥当ではありません。
 同じ作物でも単収に大きな格差があります。オーストラリアの農場規模は大きいのですが、小麦の単収はイギリスの5 分の1 しかありません。土地生産性はサハラ以南並みで世界で最も低いのです。
 米にはジャポニカ米(短粒米)、インディカ米(長粒米)の区別があるほか、同じジャポニカ米でも、品質に大きな差があります。日本国内でも、新潟県魚沼産のコシヒカリには、他の産地がどれだけ頑張っても勝てません。世界で日本のコメに匹敵するような品質のものが作れるという主張があります。それなら、日本の他の地域でも魚沼産と同じおいしさのコメが作られているはずです。 農産物については、気候風土が違うので、同じ品質のものは作れないのです。同じフランス・ワインでも、ボルドーとブルゴーニュは違います。
 国際市場でも、日本米は最も高い評価を受けています。現在、香港でのコシヒカリの価格は、日本産がカリフォルニア産の1.6 倍、中国産の2.5 倍となっています。私もアメリカで長年カリフォルニア米を食べていました。炊き立てはまずまずですが、少し冷めると食味は落ちてしまいます。品質の劣る海外の米と日本米の価格を比較することは、ベンツのような高級車と軽自動車を比べるようなものです。高級車は軽自動車のコストでは生産できません。
 日本米と中国米やカリフォルニア米と比べた内外価格差は、30%程度へ縮小しています。農水省はコメの内外価格差が4 倍もあるので、コメは壊滅すると主張しましたが、これは現在の国産米価格と10 年前の中国米の価格を比べたものです。仮に輸入によって国内価格が低下したとしても、低下分を財政で直接支払いすれば、関税撤廃によっても影響は生じません。そもそもTPP の下では、高い関税も10 年かけてなくしていけばよいのです。規模拡大、品種改良等による単収向上で、競争力を強化する十分な時間があります。
 日本では1970 年に生産を制限する減反を開始して以来、単収向上のための品種改良は行われなくなりました。今では飛行機から種まきしている粗放的なカリフォルニアの単収のほうが日本を4 割も上回っています。単収がカリフォルニア並みになれば、大規模農家の米生産費6000 円(60 キロ当たり)は4300 円に下がり、日本に輸入されている中国、カリフォルニア産の米価の半分以下となります。規模拡大と単収の増加によってコストをさらに低下できれば、米産業を輸出産業に転換できるのです。
 米の生産は1994 年の1200 万トンから減少し、2012 年度の生産目標数量はとうとう800 万トンを切ってしまいました。これまで高い関税で守ってきた国内の市場は、今後高齢化と人口減少でさらに縮小します。日本農業を維持、振興しようとすると、輸出により海外市場を開拓せざるを得ないのです。しかし、国内農業がいくらコスト削減に努力しても、輸出しようとする相手国の関税が 高ければ輸出できません。貿易相手国の関税を撤廃し輸出をより容易にするTPP などの貿易自由化交渉に積極的に対応しなければ、日本農業は衰退するしか道がありません。
 アメリカやEU は直接支払いという鎧を着て競争しています。日本の米だけが徒手空拳で競争するのは得策ではありません。減反廃止と主業農家に対する直接支払い、これが正しい政策です。守るべきは農業であって、関税という手段ではありません。

4、交渉からの離脱はできない?
【疑問】「交渉に参加して、どうしても妥結内容が気に入らないなら署名しなければいいし、加入した後に離脱する自由はある」という主張はうそです。TPPは実質的に日米間の協定であり、米国との交渉でわが国に自由はないことは 歴史が証明しています。

【答え】
 国際交渉に参加すれば離脱は不可能という主張がありますが、本当でしょうか。制度から考えてみましょう。交渉参加国は、①交渉の結果でき上がった協定になお不満であれば、署名しなければ良い、②政府が署名しても、議会は批准・承認しないことができる、③協定に参加した後に不都合が生じた場合、協定の修正交渉を要求することができる、④修正交渉が実らない場合、最終的に通知をするだけで脱退することができるのです。
 過去の国際交渉で、交渉からの離脱はないのでしょうか? アメリカは地球温暖化防止の京都議定書から、署名後に離脱しました。アメリカが怖いのでTPPから離脱できないという主張があります。しかし、タイ、マレーシアはアメリカとFTA の交渉を行っていましたが、アメリカの主張を受け入れられないとして、交渉から離脱しました。
 また、TPP の内容が分からないので参加できないという主張が行われました。しかし、それぞれの国の事情により、各国の意見は対立します。対立がなければ、交渉する必要はありません。ビジネスの世界で、最終的な合意内容がわからなければ、相手と交渉を開始しないというビジネスマンがいるでしょうか。
 交渉に参加すれば、状況が把握できるばかりか、不利な協定内容であれば交渉で変更させ、日本の国益を反映させることができます。そもそも、日本が参加すれば、主要国である日本の主張を無視して交渉が進むはずがありません。
 最後に、「アメリカは怖い」という〝思い込み〟について述べます。日米保険協議で日本が敗北した経験が語られますが、これは二国間の協議であり、多国間の通商交渉ではありません。また、二国間の協議でも、日本は必ずしも負けているわけではありません。意気高く主張を繰り返すアメリカに対し、通商交渉の矢面に立ってきた農林水産省や経済産業省は、苦しみながらも、彼らの面子を立てつつ、日本の利益を確保するという、一段高い戦術をもって対応してきたというのが、私の感想です。
 例えば、1980 年代の日米牛肉交渉で、アメリカは日本の牛肉の輸入数量制限の撤廃を要求しました。輸入数量制限がガット違反であることは明白でした。そこで日本は輸入数量制限を廃止して関税に置き換え、関税率を初年度70%、 次年度60%、3 年度50%と徐々に削減し、4 年度以後はガットのウルグアイ・ラウンド交渉の結果に委ねるという決着に持ち込んだのです。この決着が、日本の牛肉産業に与えた影響はどのようなものだったのでしょうか。国産牛肉の生産量は1990 年度(39 万トン)と2010 年度(36 万トン)でほとんど変化していません。むしろ品質の高い和牛生産は増加しています。
 多国間交渉では、どうでしょうか? 例えばアメリカは1970 年代に、外国の通商行為を不公正とみなせば、一方的に制裁措置を講じるという通商法301 条を導入しました。しかし、ウルグアイ・ラウンド交渉の結果、WTO 紛争処理手続きを取らなければ制裁措置は取れないこととされ、通商法301 条は事実上廃止に追い込まれました。そのイニシアチブを取ったのは日本です。多国間交渉では、争点ごとに利益を同じくする国と連携することが可能です。TPP 交渉でも、アメリカの主張を封じ込めることは、困難ではありません。

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