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2012.04.18

食品の安全基準についての誤解

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2012年4月17日放送原稿)

 1.  3月29日、東京大学公共政策大学院でTPPに関するシンポジウムに参加されました。その感想をお聞かせください。

 このシンポジウムは、TPP参加に関して、反対派と賛成派が3人ずつ集まり、経済全般に及ぼす影響、投資、医療、労働者の受け入れなどの制度的な問題、もっとも影響を受けると考えられる農業やこれと関連する食の安全性についての問題について、討論したものです。各人が提出した資料や実際の議論のやり取りのユー・チューブは、東京大学公共政策大学院のホームページで見ることができます。議論は激しく対立しましたが、論点が鮮明になったと思います。

 2.  これまでTPPと農業については、この番組でたびたび発言されていますが、食の安全性については、TPPに参加すると、どうなるのでしょうか?この問題は国民の関心が高いと思われます。

 食品や動植物の輸入を通じて病気や病害虫が侵入することを防ぐため、各国はSPS措置といわれる衛生植物検疫措置を持っています。
 しかし、なぜ、このSPS措置がWTOなどの貿易交渉で取り上げられるようになったかというと、国際交渉によって関税が引き下げられるなど伝統的な産業保護の手段が使いにくくなっています。このため、関税に代わる手段として輸入を制限する効果を持つSPS措置が、国内農業の保護のために使われるようになっているからです。貿易の自由化の観点からは、保護貿易の隠れ蓑として使われているSPS措置の制限・撤廃が求められます。他方で、本来SPS措置は国民の生命・健康の保護を目的とした正当な手段です。
 したがって、食の安全の利益と貿易の利益の両立を図るためには、どのようなものが保護貿易の隠れ蓑としてのSPS措置として排除されるべきかという判断が必要になります。WTO、世界貿易機関のSPS協定は、科学的根拠がないのであれば、その措置は国内産業を保護するためではないかと判断しました。科学的根拠がないのに、SPS措置を導入してはならないということです。また、できるかぎり各国のSPS措置を国際基準と調和することを目指しています。各国の措置がバラバラであるよりも、国際的に統一されている方が、貿易の円滑化に資するからです。その一方で、SPS協定では、各国が国際基準より高い保護の水準を設けることができ、科学的証拠に基づき厳しいSPS措置を設定できることを認めています。国民の生命・健康を保護するためにSPS措置をとることは、各国の主権的な権利だという考えに基づくものです。
 TPPとの関係で、よく話題に上るアメリカと韓国との自由貿易協定でも、WTOのSPS協定の枠組みは維持するとしています。TPP交渉の参加国も、SPS協定の基本的な枠組みを変更しようとするつもりはありません。TPP交渉で議論されているのは、手続きの透明性などについてです。つまり、SPS措置について各国が持っている権利や義務に変更はありません。もし、TPP交渉でWTOのSPS協定を超える義務が追加されるのであれば、日本の措置も見直しを要求されることになるかもしれませんが、そのようなことにはなりません。

 3.  それでも、日本の厳しい安全性の基準がアメリカの基準に引き下げられるという指摘がありますが、これについてはどうでしょうか?

 たとえば、米の残留農薬の基準について、クロルピリホスという殺虫剤の基準は日本が0.1ppmであるのに対してアメリカは80倍の8ppmであり、日本の基準がアメリカ並みに緩和されるという主張があります。
 しかし、そもそも、SPS協定では、国際基準への調和が求められるのであって、アメリカという特定の国の基準への調和が求められるのではありません。これが認められれば、まさに国際法の秩序を無視するような主権の侵害ですし、SPS措置をとることは、各国の主権的な権利だというSPS協定の基本原則にも反しています。日本だけでなく、TPP交渉に参加している豪州やニュージーランドなど、どの国もアメリカの基準に合わせることなど認めるはずがありません。このような主張には、国際法やSPS協定についての誤解があります。
 また、安全性基準の作成方法に関する誤解もあります。残留農薬の基準の設定は、まず動物実験を通じて、どれだけの量を超えると動物に影響が生じるかを決定します。それを人間に適用するために、安全係数をかけて、ADIと呼ばれる一日摂取許容量を定めます。安全係数には通常100分の1が使われます。つまり、100で割ってより厳しいものにするということです。ADIとは、「生涯にわたって毎日食べ続けても健康への悪影響はないと判断される量」と定義されます。このADI、一日摂取許容量が定められると、国民の食品摂取データを勘案しながら、ADIを各食品に割り当てて、食品ごとの基準値を定めます。
 つまり、ADIが日米で同じであっても、米の消費量が少ないアメリカでは多くの残留農薬量が米に割り当てられることになります。アメリカで米の残留農薬基準値が高いのはこのためです。ほかの食品では低くなります。つまり、個別の食品についての残留農薬の基準値を比較して、どちらの国の基準が厳しいかを議論することは適当ではありません。比較するとすれば、ADIです。しかし、日本の基準が厳しいと主張する人は、クロルピリホスについての日米のADIまで調べてはいないようです。日本のADIは国際基準よりは厳しいのですが、アメリカのADIは日本よりもっと厳しいのです。アメリカの基準に合わせると基準はむしろ引き上げられます。また国際基準との調和を求めるSPS協定との関係では、日本よりもアメリカの消費者団体の方が、アメリカの基準が緩やかな国際基準まで引き下げられることを恐れるということになります。
 いずれにしても、このような議論を通じて、食の安全性についての正しい認識が深まればよいと考えています。

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