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2012.01.10

日本農業の光と影

週刊農林(2012年1月5日号)掲載

1.沈む農業
 TPPに参加すると農業は壊滅すると叫ばれている。しかし、TPPに参加するしないにかかわらず、我が国農業が崩壊しつつあるという認識は共有されつつあるのではないだろうか。農業生産額は1984年の11.7兆円をピークに減少傾向が続き、2007年には8.2兆円とピーク時の約3分の2の水準まで低下した。65歳以上の高齢農業者の比率は1割から6割へ上昇している。
 高齢化が進んで人手不足だからという理由で、一時農業が雇用の受け皿として注目を浴びた。しかし、生産額から投入額を差し引いた農業のGDPを就業人口で割れば、農業者一人あたりの平均所得は2006年で年間187万円、一月当たりでは15万5千円に過ぎない。人手不足などではなく、過剰就労している人たちが高齢化しているのが実態である。農業の収益が低いから、農家の跡継ぎも農業をやろうとはしないし、新規就農しようという人も出てこない。高齢化はその結果である。農業の収益を上げることができない現状では、農業での雇用創出は困難である。
 農業の衰退に日本社会の高齢化・人口減少が追い打ちをかける。これまで高い関税で守ってきた国内の市場が縮小するのである。米を例にとろう。米の一人当たりの消費量は過去40年間で半減した。このため、人口が増加してきたにもかかわらず、米の生産量は1994年の1200万トンから2011年には840万トンへ3割も減少した。2012年の生産目標数量はとうとう800万トンを切ってしまった。
 今後は、高齢化し一人が食べる量がさらに減少する一方、これまで増えてきた総人口も減少する。今後40年で一人当たりの消費量が現在の半分になれば、2050年頃には米の総消費量は310万トンになる。単収はわずかながら増加するだろうから、250万haの水田のうち減反は200万haに拡大し、米作は50万ha程度で済んでしまう。国内市場の縮小は米に限らない。これまでの農業保護は、高い関税で外国産農産物から国内市場を守ろうとするものだった。しかし、国内市場に頼る限り、日本農業はさらに衰退せざるをえない。

2.ビジョンなき農業界
 昨年度の日本農業経済学会で若手の研究者が、「1961年の農業基本法は"選択的拡大"がキャッチフレーズだった。しかし、今後は"選択的縮小"を検討していかなければならない。」と発言していたのが、印象に残った。国内の市場が縮小する中で、どの農業を残すのか検討する必要があるというものだろう。暗い経済学である。
 しかし、この若手研究者は、日本農業の将来を直視しないで、TPP参加論に対して市場原理主義者というレッテルを張ることだけで事足れりとする日本の農業界のリーダーの人たちより、まじめで誠実である。今TPP反対を声高に叫んでいる人たちに、20年後、30年後の日本農業のビジョンを示せと質問したら、彼らはどのように答えるのだろう。国内市場だけで生きていく限り、バラ色のビジョンなど示せるわけがない。

3.農業の薄日
 「どんな雲にも希望の光"silver lining"がある」という英語のことわざがある。絶望してはいけないということである。
 国内市場が縮小するなら海外市場に目を向けなければならないが、日本農業は国際競争力がないというのが定説となっている。しかし、農業全体が衰退する中で、2010年に農産物販売額が1億円を超えている経営体は5,577もある。これ以下の階層の経営体が軒並み減少する中で、この階層だけは5年前より9.5%も増加している。これらは、ビジネスとして農業を捉えている企業的農家である。また、輸出を開始している農家もいる。
 どの産業でも、収益は価格に販売量を乗じた売上高からコストを引いたものだ。したがって、収益を上げようとすれば、価格を上げるか、販売量を上げるか、コストを下げればよい。成功している農家は、このいずれかまたは複数の方法を実践している。
 価格を上げるためには、有機農産物への取り組みや農産物の加工・直接販売などで品質を向上させたり、付加価値をつける方法がある。市場全体の供給量に対し個々の農家の生産・販売量は小さい。したがって、個々の農家が販売を増やしたからといって、市場価格が下がることはない。これは農業のメリットだ。
 農産物1トンのコストは、農地面積当たりの肥料、農薬、農機具などのコストを農地面積当たりの収量(単収)で割ったものだ。したがって、コストを下げようとすれば、規模拡大等で農地面積当たりのコストを下げるか、品種改良等で単収を上げればよい。
 例を挙げよう。農産物の集荷業に参入することで地域の農地情報を集め、規模拡大に成功している農家。外国から中古の機械を輸入して生産コストを抑えている農家。特殊な栽培方法によって、通常の6倍以上の単収を上げている自然薯農家。栽培期間の短い野菜品種を導入して、一年で何作も行い、年間単収を上げている農家。スーパーのレジ袋からゴボウが飛び出るため、ゴボウを半分に切ってスーパーへの売上げを大きく伸ばした農家。野菜の苗作りに特化し、わずか数ヘクタールの農地で数億円を稼ぐ農家。生鮮野菜の価格が下がった時には加工して販売する農家。
 最近の食生活の特徴は、食の外部化(外食、惣菜産業の伸長)が進展していることだ。若年層、高齢者層で単独世帯が増加している。彼らにとって、キュウリ、ニンジン、キャベツなどを丸ごと買って調理するより、外で調理したものを買う方が無駄なく、安上がりになる。スーパーでは売れない曲がったキュウリも切ってしまえば普通のキュウリと同じだ。外食、惣菜産業を主たるターゲットにする経営方法もある。逆に、単独世帯の内食コストを下げるために、小玉の野菜を販売して成功している農家もいる。
 グローバル化をうまく利用して成功した例もある。内外の需要の違いをとらえたものとして、長いほど滋養強壮剤として好ましいと考えられている台湾で、日本では長すぎて評価されない長いもが高値で取引きされている例、日本では評価の高い大玉をイギリス輸出しても評価されず、苦し紛れに日本では評価の低い小玉を送ったところ、やればできるではないかといわれたというあるリンゴ生産者の話がある。
 国際分業の点でも、多くの労働が必要な苗までは労賃の安い海外で生産し、それを輸入して日本で花まで仕上げるという経営方法で成功した農家、南北半球の違いを利用して、ニュージーランドがキウイを供給できない季節に、ニュージーランド・ゼスプリ社と栽培契約を結び、同社が開発した果肉が黄色のゴールド・キウイを日本国内で生産・販売している例もある。

4.日本農業のポテンシャル
 このように、企業的な生産者が独自の創意工夫によって大きな収益を上げている。それだけではない。日本自体農業のポテンシャルを生む自然条件を備えているのだ。まず、都市の空き地を放っておくと雑草が生えてくる。日本は植栽豊かで、作物の生育に適している。
 しかし、日本は土地も狭小で農業には向かない、とくに傾斜地や、一筆の区画が小さく不整形な農地の多い中山間地域での農業の可能性は小さいと考えられている。しかし、中山間地域は必ずしも条件不利ではない。キュウリなどの野菜栽培は大きな農地を必要としない。高収益を上げられるワサビは標高が高くて冷涼な中山間地域に向いている。日中の寒暖の差を活用し、新潟県魚沼のように品質・食味のよい米の生産も行われている。花の色も鮮明になる。中山間地域では、気候や地理的条件を活かした製品差別化、高付加価値化が可能である。
 中山間地域ではないが、宅地化が進み、狭小な農地しかない東京都は、農業には条件不利地域である。しかし、巨大市場の真ん中にいるメリットを活かし、日本一の小松菜の生産地となっている。
 農業には、季節によって農作業の多いときと少ないとき(農繁期と農閑期)の差が大きいため、労働力の通年平準化が困難だという問題がある。米作でいえば、田植えと稲刈りの時期に労働は集中する。農繁期に合わせて雇用すれば、他の時期には労働力を遊ばせてしまい、コスト負担が大きくなる。しかし、中山間地域の標高差等を利用すれば田植えと稲刈りにそれぞれ2~3カ月かけられる。日本の米作の平均的な規模は1ヘクタール程度であるが、中国地方や新潟県の典型的な中山間地域において、夫婦二人で10~30ヘクタールの耕作を実現している例がある。
 また、日本は南北に長い。砂糖の原料であるサトウキビとビートを同じ国で生産できる国は少ない。この特性を活かし、日本各地に点在する複数の農場間で機械と労働力を移動させることで、作業の平準化を実現している企業的経営もある。労働の平準化と機会の稼働率向上によるコストダウンである。
 標高差がなくても、早生、中生、晩生を組み合わせれば、作期を長期化することもできる。また、米作と野菜、果樹等の複合経営によっても、作業の平準化を実現できる。ある鶏卵農家は米作との複合経営で、堆肥の水田への利用も行っている。東海地方の米作のオペレーターは、各県の作期の違いを利用し、三重県、愛知県、岐阜県の順に移動することで、作業の平準化を実現している。

山下 一仁 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

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