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2011.11.30

混迷するTPP参加問題

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2011年11月29日放送原稿)

1.野田総理が、APEC首脳会議の際、「TPP交渉参加に向けて、関係国との協議に入る」ことを表明しました。まず、これをどのように評価しますか?
 日本の環太平洋経済連携パートナーシップ、いわゆるTPPの交渉参加表明にカナダ、メキシコが追随しました。APECの場で久々に日本が存在感を示したと評価できます。貿易や投資の手続き、ルールが統一されるTPPの地域が拡大すると、参加するメリットが増加する一方で、逆に参加しなければ、広大な地域の生産や流通の連携・結合のシステム、いわゆるサプライ・チェーンから排除されてしまうからです。今後、さらに参加を表明する国が続くと思われます。
 震災で東北の自動車部品工場の生産が中断しました。その結果、アメリカ、ミシガン州の自動車工場も生産が困難となりました。東北の部品企業は広い地域のサプライ・チェーンに組み込まれています。以前は、貿易の多くは、自動車やテレビなどの最終製品でした。しかし、今では中間財といわれる素材や部品が広範囲に貿易され、それらを集めて最終製品を組み立てる形が多くなりました。日本の中小企業が得意なのは、この部品などの生産です。もし、日本がTPPに参加しなければ、東北の部品企業は広い地域のサプライ・チェーンから排除されてしまいます。TPP参加国は関税がかからない他のTPP参加国から部品を輸入しようとするからです。大企業なら海外のTPP参加国に移転できますが、中小企業にとって海外立地は困難です。TPPに参加しなければ、被災地の復興も困難となります。

2.しかし、帰国後野田総理がオバマ大統領との会見で「すべての物品やサービスを貿易自由化の交渉テーブルにのせる」と発言したかしないかを巡り、問題となっています。
 これが問題視されるのは、例外品目を作りたいのに、テーブルに出すと例外とできないというものでしょう。しかし、例外を設けるかどうかは、テーブルに出して交渉した結果です。私も参加したガット・ウルグァイ・ラウンド交渉では、全ての非関税障壁を関税に置き換えるという「例外なき関税化」が大きな問題となりました。アメリカなど主要国との交渉の結果、コメを関税化の例外にしました。しかし、これは、テーブルに出して長時間かけて交渉した結果、やっと例外となったのです。
 TPP交渉で、アメリカは、(他の国に対しては、全ての関税を撤廃するものの、)オーストラリアに対しては砂糖の関税、ニュージーランドに対しては乳製品の関税を維持したい意向です。しかし、これが交渉の対象となることは、アメリカも当然視しているはずです。
 サービスについては、そもそも例外があることが前提の交渉です。サービス交渉でいわれる「ネガティブ・リスト」という言葉は、どのサービスを自由化の例外にするかというリスト作りです。これはテーブルに出して交渉した結果として、決定・合意されます。サービス交渉とは、国ごとに、どのサービスを例外とするかしないかの交渉であると言ってよいくらいです。
 このように、例外扱いを含め、「すべての物品やサービスを貿易自由化の交渉テーブルにのせる」のは、通商交渉の常識です。アメリカ政府が記者発表の内容変更に応じないのは、当然です。

3.なぜ、日本でこのような混乱が起こるのでしょうか?
 参加するのかしないのか、また、参加した場合農産物の関税撤廃の原則に対して例外を主張するのかどうかについて、政府の対応方針が明確になっていないことが、混乱の原因です。ウルグァイ・ラウンドでは、日本はコメの例外を認めさせる代償として、関税化すれば消費量の5%ですんだミニマムアクセス(低関税の輸入枠)を8%に拡大することを認めさせられました。「例外なき関税撤廃」が要求される今回も、コメの例外扱いと輸入枠の拡大で決着するのでしょうか?そうなればコメ生産は縮小し、食料自給率は低下します。
 減反を廃止して米価を下げ、直接支払いという補助金を主業農家に払えば、規模拡大、収量の向上によるコストダウンによって、関税も要らなくなり、輸出も可能となります。コメの生産は1994年の1200万トンから2011年には840万トンへ30%も減少しました。これまで高い関税で守ってきた国内の市場は、今後高齢化と人口減少でさらに縮小します。日本農業を維持、振興しようとすると、輸出により海外市場を開拓せざるを得ません。
 しかし、国内農業がいくらコスト削減に努力しても、輸出しようとする国の関税が高ければ輸出できません。農業界こそ貿易相手国の関税を撤廃し輸出をより容易にするTPPなどの貿易自由化交渉に積極的に対応すべきなのです。
 守るべきは農業であって、関税という手段ではありません。アメリカもEUも関税ではなく直接支払いで農業を保護しています。国内で正しい政策をとれば、例外の要求という苦しい交渉をする必要はなくなります。いずれにしても政府は交渉の基本方針をまず国民に明確に示すべきです。そうでない限り、不要な混乱が続くことが予想されます。

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