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2011.09.26

政治に翻弄され続けたコメ政策 政権交代で「政官農協」の絆崩壊

週刊ダイヤモンドに掲載(2011年9月10日付)

政治の道具に使われてきたコメ政策。農政の歴史を紐解きながら、いかに「政官農協」の鉄のトライアングルが形成され、民主党政権の誕生で崩壊したのか、政策の矛盾とともに浮き彫りにする。


 今年、72年ぶりにコメの先物取引が再開された。ちなみに世界で初めての先物市場が大阪・堂島のコメ市場だったことをご存知の方も多いだろう。当時、日本のコメ取引は世界の最先端を走っていたのだ。
 しかし、1918年の米騒動後の米価低落を契機に、政府は市場への介入を始めた。その後、戦時経済下で食糧が過剰から逼迫へ転じるなか、コメの先物市場は閉鎖され42年に「食糧管理法」が成立した。政府による農家からの全量集荷と消費者への配給という食管制度によって、コメ市場は統制経済に移行した。
 戦前の日本農業はコメと生糸が2大作物だったが、最大の輸出物資だった生糸が衰退してからは、コメが最大の農産物となった。そして戦後農政はコメを中心に展開することになる。

農協が農家を統制 特権で事業巨大化

 戦後農政の最初の大事業は農地改革だった。戦後の経済改革の中で、農地改革だけは、日本政府、特に戦前小作農の解放に執念を燃やした農林水産省が発案した。
 当初農地改革にまったく関心を示さなかったGHQ(連合国軍総司令部)は、やがてその政治的な重要性に気づく。終戦直後、燎原の火のように燃え盛った農村の社会主義運動は、農地改革の進展とともに、急速にしぼんだ。社会主義運動を支持した小作人が自作農=小地主となり、保守化したからだ。そこでGHQは、農村を共産主義からの防波堤にしようとした。
 多数の小地主から成る零細な農業構造を維持するため、GHQは52年に「農地法」を作らせた。こうして水田は保守党を支える票田になった。農地法は、農地改革の成果としての「所有者=耕作者」である自作農が望ましいとしているので、農地の耕作は従業員が行い、農地の所有は株主という、株式会社のような農地の所有形態は認められないこととなる。
 保守化した農村を組織したのが農協だ。戦後の食糧難の時代、農家が高い値段で売れるヤミ市場にコメを流してしまうと、貧しい人はコメを食べられなくなる。配給制度を通して国民に平等にコメを供給するためには、政府は農家からコメを集荷しなければならない。
 戦前には全農家を加入させ、農産物の集荷から金融まで、農業、農村のほとんどすべての事業を行っていた統制団体があった。農林水産省は、これを衣替えして農協を作った。柱は、専業も兼業も規模の大小も差別なく、すべての農家を平等に扱うという農協の「組合員1人1票制」。1ヘクタール規模の小地主を作り出した農地改革後の状況にも適していた。
 本来、農業の生産性を向上させるためには、規模拡大と単位面積当たりの収量(単収)の増大という道がある。しかし、総農地面積が一定である以上、1戸当たりの規模を拡大するためには、農家戸数を減らさなければならない。組合員の圧倒的多数がコメ農家で、農家戸数を維持したい農協は、コメ農業の構造改革に反対した。


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 食管制度時代、農協が主導した生産者米価引き上げによって、コストの高い零細兼業農家も、高いコメを買うより自らコメを作るほうが得になり、農業を続けた。池田内閣の所得倍増計画に便乗した自民党の政治家は、所得が倍なら米価も倍だと強硬に主張。零細兼業農家が農地を手放さなかったため、農地は主業農家に集積されず、規模拡大によるコメ農業の構造改革は失敗に終わった。
 農協が肥料、農薬、農業機械などの農業資材を高く販売しても、そのまま生産者米価に算入された。高い米価や農業資材価格は、農協の販売手数料収入の増加に結び付くというカラクリがあった。
 多数の兼業農家を維持すれば、農協は政治力を誇示できる。加えて、農協は比類のない特権が与えられた。農産物販売から葬祭業、金融業、生命保険、損害保険など、他の協同組合だけでなく、日本のどの法人にも認められていないオールマイティの権能を誇る。独占禁止法も適用除外だ。
 職能組合なのに、地域の住民なら誰でも組合員になれるという協同組合の中では異例の准組合員制度を持っている。農業から足抜けしようとしている兼業農家は、サラリーマン収入や年間数兆円にも及ぶ農地の転用売却利益を農協に預ける。農協はこれを原資に、農薬・肥料会社への融資や、准組合員への住宅ローンや自動車ローン、海外での有価証券投資などで大きな利益を上げた。農協は貯金残高83兆円(2008年度)で、メガバンクに相当する規模になった。
 農協の共済(保険)事業も少数の主業農家ではなく、多数の兼業農家や准組合員相手に実施することで高い収益を上げた。共済の総資産は43兆円と国内トップの日本生命保険の48兆円に迫る。農業は衰退する一方なのに、農家も農協も、米価の引き上げを通じた脱農・兼業化で豊かになった。

減反政策によって生産性向上を妨げ

 米価引き上げで消費が減り生産が増えたため、コメは過剰になった。そこで、過剰生産をなくし、政府買い入れを抑制して財政負担を軽減するため、70年に減反政策が導入された。
 ただ、減反は生産者が共同して行うカルテルである。他産業なら独禁法違反となるカルテルに、農家を参加させるため、年間約2000億円、累計総額7兆円の補助金が、税金から支払われてきた。国民は高い米価という消費者負担と、減反補助金という納税者負担の二重の負担をしているといえる。
p050a.gif  減反政策は生産性向上も妨げている。総消費量が一定の下で単収が増えれば、コメの生産に必要な水田面積は縮小する。そうなると、減反面積を拡大せざるをえなくなり、減反補助金が増えてしまう。このため、単収向上のための品種改良は、行われなくなった。今では日本のコメの単収は、空から飛行機で種播きしている米国のカリフォルニアより4割も少ない。
 生産量も増えずコストも下がらないので主業農家の収益は向上しなかった。産出額に占める主業農家のシェアは、畑作82%、野菜82%に対し、コメは38%にすぎない(05年)。また、コメ農業は戸数では全農家の70%を占めているにもかかわらず、農業総産出額の22%しかない。構造改革の遅れによって零細ぶりが際立っているのだ。

 こうした農政を推し進めてきたのが農政トライアングルである。農村の集票マシンとして機能した農協、それに深く依存した自民党、予算確保のために自民党の政治力に頼った農林水産省によって構成された。なかでも「昔陸軍、今農協」「町に総評、村に農協」といわれた農協は、戦後最大の圧力団体として君臨した。
 海外を見渡せば、EUは価格支持から直接支払いへと改革を着実に実施している。加盟国が27ヵ国にも上るEUは、合意形成がそうとう難しいはずなのに、なぜ農政改革が進むのか。その答えは農協の存在かもしれない。日本の農協の収益は、コメをはじめとした価格の高さにリンクしている。翻ってEUにも農業の政治団体はあるが、このように価格に固執する圧力団体は存在しない。

民主党政権誕生でトライアングル崩壊

 農政の歴史に話を戻すと、半世紀以上にわたり、制度上、コメの価格や流通を統制していた食管制度が95年に廃止され、先物市場を創設しようという機運が出てきた。しかし、05年に東西の商品取引所がコメの先物市場を農林水産省に申請したところ農協の反対に遭い、自民党政権の下では認められなかった。農協は、先物価格が高くなると、農家がコメを作る意欲が出て、減反に協力しなくなると主張したのだ。
p050b.gif  だが、本音は違った。先物市場が認められると、農協の現物操作による米価維持ができなくなる。現に、コメの入札取引が行われていた全国米穀取引・価格形成センターでは、架空取引によって米価を高く操作した全農秋田の事件が明るみに出た。
 それでも、入札取引による米価維持には限界がある。米価低落に歯止めをかけたい農協は、同センターを利用するのをやめ卸売業者との相対取引に移行した。農協が5割を超える市場占有力をもって、卸売業者と相対で取引すれば、米価に強い影響力を行使できるからだ。利用されなくなった同センターは今年3月廃止された。
 しかし、これが農協にとっては裏目に出た。民主党がマニフェストに掲げた戸別所得補償が始まり、一定の農家保証価格と市場価格との差が国費で補填されることになったからだ。
 このため、算定の基礎となる市場価格は透明性が求められる。商品取引所は米価の客観的な指標を提供するためとして、再度コメの先物市場を申請した。農協の相対取引への移行が再申請の口実を与えたのである。農協との結び付きが強かった自民党ならいざ知らず、民主党に政権が移った今回、農林水産省は申請を認可した。農協は先物市場反対の全国運動を展開したにもかかわらず、完敗した。
p051a.gif  先物取引をめぐっては農協と農林水産省の利害も対立した。農林水産省はかねて商品取引所を活性化させ、天下り先を確保したいと考えていた。所管の東京穀物商品取引所は、解散して農産物市場を東京工業品取引所へ移管する計画だったが、コメの先物が認可されたため、存続することになった。生産者にとっても先物取引は、将来の価格変動リスクをヘッジして経営を安定させることができるためメリットは小さくない。たとえば作付け前に、1俵1万5000円で売る先物契約をすれば、豊作などで出来秋の価格が1万円となっても、農家は1万5000円の収入を得る。現物価格で手数料収入が決まる農協とは違う。
 では先物価格が下がったらどうなるか。農協は卸売業者から現物価格の引き下げを要求されるだろう。現物価格が下がると農協の手数料収入は減少する反面、農家は戸別所得補償の増額で、保証価格が確保されるので、影響はない。
 自民党時代は、米価が下がると政府は市場から買い入れて価格を戻してきた。民主党政権では農協のたび重なる要請にもかかわらず、赤松広隆、山田正彦の2農林水産大臣はコメの政府買い入れを拒んできた。戸別所得補償があるので農協は困っても農家は困らない。

水田が票田である以上変わらないコメ農業

 じつは戸別所得補償の真の狙いはここにある。小沢一郎氏や彼に近い赤松、山田両大臣は、この制度で農家と農協のあいだに楔を打ち込み、自民党と二人三脚で発展してきた農協の力をそごうとしたのだ。小沢氏は、農協に補助金を与えて農民票を組織させるというやり方に代え、戸別所得補償で農家票を直接掴まえようとした。農政トライアングルの崩壊である。
 では、効率的なコメ農業は実現できるのか。少子高齢化で縮小する国内市場に合わせると、日本農業に未来はない。幸い、コメの内外価格差は大幅に縮小している。減反を廃止して価格を下げ、さらに農業の効率化を図っていけば、輸出市場を開拓できる。
 TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)で関税がなくなって農産物価格が下がっても、直接支払いを交付すれば、農家は困らない。困るのは、価格が下がって手数料に跳ね返る農協だ。先物や戸別所得補償の場合と同じだ。正しい問題設定は、「TPPと農業」ではなく「TPPと農協」である。
 農協は反TPPの大キャンペーンを展開しており、影響の薄い医療や建設業も、規制や公共事業で守られてきた既得権益がなくなるかもしれないといわれ、反対運動に巻き込まれている(TPPと農業については山下著『農協の陰謀─「TPP反対」に隠された巨大組織の思惑』、医療等についてはキヤノングローバル戦略研究所『TPP研究会報告書』 参照)。
 地位が揺らぎ出した農協は反撃に必死だ。行政刷新会議が求めた新規の農協設立を容易にする農協法改正は実現されなかった。現在は、生産者が農協を設立しようとする場合、県のJA農協中央会と事前に協議しなければならないという規定が設けられているが、「JA農協」がライバル農協の誕生にゴーサインを出すわけがない。
 10年度中に事前協議の規定を削除することを盛り込んだ制度・規制改革方針が閣議決定されたが、農林水産省は国会に農協法の改正法案を提出しなかった。閣議決定を農協のために無視したのである。
 民主党はどうか。03年までの同党の選挙公約は、減反を廃止して価格を引き下げ、影響を受ける主業農家に対象を絞って直接支払いを行うというものだった。米価の低下で兼業農家は農地を出してくる。主業農家に限って直接支払いを交付すれば、地代負担能力が上がって、農地は主業農家に集積し、規模が拡大する。これは筆者が2000年に提案した案だった。 p051b.gif  だが、選挙を意識した民主党は、04年の参議院選挙のマニフェストで「対象者を絞る」という要件を除外。そして07年、自民党からバラマキと批判された戸別所得補償の導入と減反の廃止を主張、民主党は参院選で大勝してしまった。
 民主党の農業改革はさらに後退する。小沢氏の掲げた「関税ゼロでも自給率100%」という主張の前提には、減反廃止による価格引き下げがあったはずなのに、08年に民主党「次の内閣」は減反維持への転向を表明。09年の総選挙では減反を支給条件とした戸別所得補償の導入に変節した。減反による高い米価に戸別所得補償が上乗せされる。さらに09年のマニフェストに書かれた「日米FTAの締結」も農協から農業を滅ぼすと抗議されたため、「日米FTA交渉を促進する。その際、国内農業・農村の振興を損なうことは行わない」と表現を変えた。
 ここで明らかになったのは、民主党の理念のなさだ。戸別所得補償一つ取っても、複数の民主党議員の手が入り、党内でも統一的な思想があるわけではない。減反維持で価格低下を抑え、戸別所得補償単価の増大を抑えたい者、価格を下げて貿易自由化を推進したい者など思惑はさまざまだ。共通しているのはバラマキの選挙対策ということであり、水田を票田として見ていることに変わりはない。
 農業の構造改革を進めるべきだという筆者の主張に賛同していた議員も、TPP反対の急先鋒として活動している。選挙に落ちると身の破滅だという恐怖からである。

 08年の金融危機に端を発した世界的な不況や東日本大震災で、多くの人の所得が減少し、国内の高い農産物価格は低所得層に負担を強いている。貧しい家計には所得補償はないのに、なぜ所得の高いサラリーマン農家に所得補償が払われるのだろうか。
 農業界でも企業経営的な農家からは、規模の拡大や単収の増加を阻むバラマキ農政に対する不満が高まっている。こうした声が選挙に反映できれば、農政は変わる。逆にいえばそうでなければ、農業は非効率なままで、国民の負担は減少しない。結局、選挙民が変わるしかない。われわれは今、分水嶺にいるのかもしれない。



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