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2011.07.12

いつまで先送りするのか

『あらたにす』新聞案内人 2011年7月11日号に掲載

  • 松山 幸弘
  • 研究主幹
    松山 幸弘
  • [研究分野]
    財政・社会保障

 民主党が6月末に発表するとしていた税・社会保障制度の一体改革案に前回、"また空手形?"と疑問を投げかけた。しかし、事態はより深刻で、国民は空手形すらもらえなかった。改革で最も重要な消費税率引き上げの時期を菅政権が曖昧にしたからである。

持続可能ではない
 私は、オーストラリア・ニューサウスウェールズ大学の客員研究員であり、昨年同国政府が大学に委託した医療改革研究チームのメンバーである。オーストラリアの医療財源制度は税方式と紹介されることもあるが、英国やカナダが採用している単純な税方式とは異なる。1984年の改革で国民に民間医療保険選択権を与えており、正確には公民ミックス方式である。昨年12月の同大学医療改革研究会で「医療費増加による財政圧迫が生じていなかった15年以上も前にどうして改革したのか」と聞いたところ、「医療費伸び率が名目GDP成長率を上回り続け、いずれ財政を大きく圧迫するようになる。そうなる前に公的制度の枠組みを維持しながら追加財源を獲得する道を作ったのである。」との回答を得た。そして逆に「日本はなぜサステイナブル(持続可能)ではなくなった既存制度の問題解決を先送りし続けているのか」と質問された。

所得移転が行き過ぎ
 先進諸国の医療財源制度は一見すると、仕組みや名称が様々で全く異なっているように思われる。それらを分類する場合、税、公的医療保険、民間医療保険のいずれが中心的役割を果たしているかが判断基準とされることが多い。しかし、実質負担者に着目すると、いずれも4つの原則に基づき制度設計されていることが分かる。①医療財源は税・保険料・患者自己負担の合計②現役世代の医療費は全額現役世代が負担③高齢者医療費の大部分も現役世代が負担④高齢者も負担能力に応じて一部負担――の4原則である。わが国の医療財源の仕組みが持続可能性を失っている最大の理由は、一橋大学小塩隆士教授が7月6日付け日経新聞「経済教室」で指摘されているように、現役層から高齢層への所得移転が行き過ぎ(⇒③が過大で④が過小)だからである。

名ばかりの皆保険
 皆保険の定義は、「外国人勤労者、留学生等を含むその国の居住者全員が医療保障を受けられる状態」と考えることができる。この皆保険という目的だけを考えるのであれば、公的医療保険と民間医療保険の間に優劣は付け難い。民間医療保険であっても全居住者にその加入を義務付け、全居住者が負担能力に応じて保険料を支払えば皆保険が実現する。逆に、公的医療保険であってもわが国のように保険料滞納者が増えれば"名ばかり皆保険"に転落するからである。しかし、民間医療保険には欠陥がある。加入希望者の健康状態により加入合否を決定するため、医療保険本来の目的である弱者救済ができない、保険料に占める運営コストの割合が公的医療保険約5%に対して民間医療保険10%~20%と高い、という欠陥である。この理由から、わが国の既存の民間医療保険はセーフティネットの部品にはなりえない。そのため、各国とも民間医療保険を公的制度の枠組みの下で活用する場合、既往症を理由にした加入拒否や保険料差別を認めない、運営コスト割合に上限を設ける、給付内容の標準化などの規制を行っている。

ゆとり医療?
 医療改革論争で既存制度の死守を主張する人々を見ていると、「ゆとり教育」の失敗を思い出す。学校教育についていけない生徒が統計上見えないようにするため、教育内容レベル引き下げにより学力テスト平均点引き上げを狙ったあの愚策である。結果は、日本全体の学力低下を招いた。
 社会制度の目標として「結果平等」が「機会平等」より望ましいことは支持できる。しかし、結果平等が実現できるのはユートピアだけである。財政破綻間近のわが国の医療制度において結果平等原理主義を貫けば、果てしない診療報酬平均単価の引き下げに陥る。技術進歩により次々と新しい医療が実用化され診療件数が増加するなか、追加財源がないのであれば、1件あたり単価をマイナス改定せざるをえないからである。これにより最もダメージを受けるのは医療経営者であり、国民全体の医療サービスレベルも低下する。

まず追加財源の仕組みを
 仮に社会保障目的を錦の御旗に消費税率が引き上げられたとしても、医療財源が潤沢になると錯覚してはならない。消費税率引き上げによる税収増を医療に充当するのであれば、これまで医療に投入していた公費をその分減らし他の目的に使うという議論が当然起こるからである。したがって、医療界が財政危機と闘うためには、公的医療制度の枠組みの中で独自の追加財源が獲得できる仕組みを導入した上で、公費負担引き上げを主張すべきである。具体的方法の知恵は、オーストラリアをはじめ諸外国の制度から学ぶことができる。その最重要ポイントは、「医療にもっとお金を使いたい人に選択権を与える」である。

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