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2011.06.21

第二一回 マクロ経済政策の政治性②

ゲーデルの貨幣-Ⅲ-政策篇(21) 『週刊金融財政事情』 2011年6月20日号に掲載

財政政策も流動性危機時には有効
 金融危機後の欧米の金融緩和は、新興国から通貨安戦争だと非難された。マクロ経済政策が長期的な効果をもつとしたら、外国から富を移転することによる、というのがこの間の推移が示す一つの自然な仮説である。
 しかしマクロ経済政策は短期の金融危機対応としてはゼロサム・ゲームではない。
 それは08~09年の経験で示された。大胆な財政金融政策の発動により、外国に深刻なコストを押しつけることなく、欧米の金融危機は急性期を脱した。これは流動性の枯渇(あるいは内部貨幣の消失)という急激で甚大な外部不経済効果を、中央銀行が貨幣(外部貨幣)の供給を増やしたことで大幅に緩和できたからだと考えられる。ミルトン・フリードマンやベン・バーナンキの研究成果が今回の危機で生かされた。彼らは大恐慌が深刻化した主因として、連鎖的な銀行取付けの発生をあげている。銀行取付けは、銀行の短期債務(内部貨幣)の消失をもたらすことによって1930年代の米国経済を大収縮に陥らせた。この教訓が08年の危機では生きた。
 短期の財政政策についても、金融危機時には、追加的コストなしに経済を改善できることが理論研究で示されている。ガウティ・エガートソンとポール・クルーグマンの昨年11月の論文では、民間の経済主体が急に厳しい借入制約に直面する金融危機が分析されている。この状況では、旧来のケインズ経済学の処方箋(積極的な財政出動)が経済を改善することが示されている。
 これ以前の研究でも、一部の消費者が借入制約に直面している場合には財政政策が有効だとする研究はあった。たとえばジョルディ・ガリたちの一連の研究では財政政策が民間消費を増やす効果が示されたが、彼らのモデルの特徴は、貯蓄も借入れもせずに所得をすべて消費してしまう非合理的な消費者が一定数存在していることである。この非合理的な消費者は借入制約に直面していると解釈できるので、ガリたちの研究は、エガートソン=クルーグマンの金融危機モデルを先取りする理論と考えられる。

長期的経済動向の背後に国際政治ファクター
 
 このように、マクロ経済政策で短期的に金融危機の非効率(内部貨幣の枯渇、借入制約の強化)を除去することができる。しかし、マクロ経済政策が長期的効果をもつことは、筆者の知る限り、一国の閉鎖経済モデルでは示されていない。
 ところが、金融危機直前までのアメリカの長期的な好況(Great Moderation:大いなる安定)は、正しいマクロ経済運営がもたらした、という見方が、経済学者の間でも共有されていた。ミネソタ大学のV・V・チャリたちは、事実上のインフレターゲットによってインフレ率が低く抑えられたことがアメリカの長期的好況をもたらした、と論じている。インフレ率の低下などマクロ経済環境が安定すると、企業が直面する不確実性が減るので、技術開発がしやすくなり、結果的に経済の生産性が長期的に上昇する。これがチャリたちのロジックであるが、明確な理論的根拠は示されてはいない。1990年代から2000年代にかけての日本をみるとインフレ率の安定という意味ではアメリカに負けない状態だったが、実質経済成長率は低迷を続けた。
 マクロ経済政策の巧拙が長期的な経済動向に影響をもつという実感は共有するが、インフレ率の安定だけが問題であるとは考えにくい。ケインズ以後のマクロ経済理論も、一国経済モデルでみる限り長期的な効果を支持していない。
 したがって、現実にマクロ経済政策が一国の経済発展に大きな影響をもつとしたら、国家間のゼロサム・ゲーム的に、自国と外国の資源配分を変えることによってである可能性が高いと思われるのである。
 金融政策が国際的な資源配分を変えることは、マンデル・フレミング・モデルが簡単な枠組みで説明している。しかし、これはケインズ経済学なのでミクロ的な基礎がない。また、このモデルは政策の短期効果を分析対象とするものである。
 マンデル・フレミング・モデルに、ミクロ経済学的な基礎付けを行って、短期と長期の両方の政策効果を分析できるようにしたのが、モーリス・オブストフェルドとケネス・ロゴフの二国モデルである。95年の論文で発表されたオブストフェルド・ロゴフ・モデルは、「新しい開放マクロ経済学(NOEM)」という新潮流を生み出した。
 二国モデルで考えると、二国間の初期の貸借関係によって、各国の生産や消費の定常値は異なったものになる。自国の対外債権が増えると、自国の消費は大きくなり、生産は小さくなる。その分、外国の消費は小さく、外国の生産は大きくなる。オブストフェルド・ロゴフ・モデルは完全なゼロサム・ゲームではないが、対外資産(対外債務)の予想外の変化が、長期的な再配分効果をもつ。ただ、長期的な再配分効果は、このモデルだけの特徴ではなく、二国モデルであれば、どれでも似たような性質が得られる。
 したがって、マクロ経済政策が国際的な貸借関係に予想外の変化を与える場合には、国際的な再配分効果を長期的に有するといえる(注)。
 金融政策や景気循環を分析するマクロ経済学は、どちらかというと国際的な資産の再配分にはあまり着目していなかった。通貨政策などを巡る国家間の戦略的駆け引きが、国際的な資産配分を変化させ、結果として各国経済のファンダメンタルズを変える、としたらどうか。これまでマクロ経済学は、こうした国家間の政治ファクターを捨象して、市場のメカニズムだけを純粋科学的に分析してきた。
 日本の「失われた20年」やアメリカの「大いなる安定」のような長期の経済動向を分析するためには、国際政治的な問題を陽表的に分析する必要があるのかもしれない。
(注)ただし、新古典派的なモデルでは、国際的な再配分は一国の経済動向に大きなインパクトはない、とされている。

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