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2011.05.24

「ユッケ食中毒事件」

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2011年5月17日放送原稿)

1.今回大腸菌に汚染された生の牛肉を食べて多数の人が食中毒を起こしましたが、この背景にはどのような事情があるのでしょうか?
 食品が腐敗したり、色が変わったりしていれば、消費者はその食品を買いません。また、買うときに食品の性質や特徴がわからなくても、食べた後におかしいとわかる場合には、次は買わないという意思決定をすることができます。
 しかし、今回のような食中毒事件については、食べる前は大腸菌に汚染されているかどうかはわかないうえ、食べた後に、病気になったり、死亡したりしなければ、汚染されていたかどうかという食品の性質はわからないという重大な問題があります。死亡した後に、この次からはあの店に行くのを止めようという意思決定は行えないのです。
 つまり、消費者は企業が安全な食品を提供しているかどうかを判定できません。食をめぐる問題は、企業は食品の性質や特徴をわかっているが、消費者はわからないことから起こります。経済学で「情報の非対称性」と言われる問題です。消費者は企業の提供する商品や情報をまるまる信用するしかありません。牛肉の産地を偽ったり、製造年月日を偽ったりした、偽装表示事件も、企業がこのような情報の非対称性に付け込んだというケースです。しかし、多数の人に食中毒を起こした今回のような「食の安全」に関する事件は、人の生命・健康に危害を及ぼすものであり、表示をごまかすなどの企業の不祥事よりもはるかに深刻です。


2.今回の事件で企業の衛生処理はどのようなものだったのでしょうか?
 利潤を得ようとするのは、企業の本質ですが、人の生命、健康に直結する食品を提供する企業にとって、食品の安全性を確保することは最低限の行為です。
 今回の事件では、飲食店は提供する肉の細菌検査をしておらず、また、肉の表面に付着した細菌を取り除くためのトリミングという処理も行っていませんでした。O111やO157などの腸管出血性大腸菌は牛の腸内に生息しているものですが、食肉卸売業者も、牛の内臓処理をした包丁やまな板で他の部位も加工していたうえ、トリミングも行っていませんでした。


3.これに対して、法律的な規制はなかったのでしょうか?
 厚労省がトリミングという表面の削り取りなどの衛生管理基準を単なる行政指導にとどめたため、これら業者が真剣な対応を行わなかったことが批判されています。具体的には、食品衛生法第11条により、食品の製造、加工、調理の基準や食品の規格を定め、これに違反した加工、調理、販売を禁止することができたのに、それを怠っていたと非難されています。厚労大臣も、記者会見で、罰則を持った法的規制を導入しなかったことの非を認め、陳謝しています。
 このような規制があれば業者の義務はより明確になります。しかし、報道されてないようですが、食品衛生法の第6条でも、O111やO157などの腸管出血性大腸菌のような「病原微生物により汚染され、又はその疑いがあり、人の健康を損なう恐れがあるもの」については、製造、加工、調理、販売を禁止しています。第6条の規定も第11条と同様、営業停止などの行政処分や刑事罰で担保されています。むしろ、第6条の方が第11条よりも違反に対しては、重い罰則が課されているのです。第11条による規則がない場合でも、業者は食品衛生法上の義務を免れているわけではないと思います。


4.厚労省の責任についてはどうでしょうか?
 業者が行わなければならない具体的な加工、調理方法などの衛生管理基準を明確にするためには、食品衛生法第6条の規制に加え、その予防的な規制措置として第11条に基づく法的規制を導入すべきでした。厚労省は、生食用牛肉の指導基準を満たす肉が流通していないにもかかわらず、多数の飲食店で、この基準外の肉が生食のユッケとして提供されていることは、認識していました。また、03年以降、原因食品が判明した食中毒の2割はレバーやユッケなどの生食料理でした。にもかかわらず、そのような規制を設けなかったことは、危険性の認識が甘すぎたという批判を免れないと思います。同じく畜産物である牛乳乳製品については、60年前の1951年から食品衛生法第11条に基づく法的規制が導入されています。
 そもそも、食品衛生法第11条が基準や規格を定めることが「できる」という厚労大臣の裁量行為としていることにも問題があります。このため、法的な基準や規格という規制を作らなくても、厚労省は責任を問われません。本来事故を予防するのが役割なのに、今回の事件のように、死亡事故が起こらないと真剣に対応しないということにもなりかねません。人の生命、健康に重大な被害を生じるおそれがある場合には、これを「しなければならない」という規定にする必要があると思います。現在では、外食や加工食品の比重が高まり、企業と消費者の間の「情報の非対称性」の度合いが大きくなっています。法律自体の見直しについて、国会の場で十分議論し、政治主導で解決すべき問題ではないかと思います。

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