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2011.05.24

第十七回 TPPと日本経済①

ゲーデルの貨幣-Ⅲ-政策篇(17) 『週刊金融財政事情』 2011年5月23日号に掲載

山積する政策課題
 大震災と原発事故によって、進渉が懸念される政策上の課題は多い。なかでも税と社会保障の一体改革と震災復興の両立は重要である。最適課税理論の観点からは、復興の財源は国債の発行によって賄い、同時に、小幅で恒久的な増税によって復興国債の償還を超長期的に図るのがベストということになる。しかし、復興財源を恒久的な増税とすることは政治的に困難である。経済的な最適性と政治的な現実性を考慮すると、「復興財源として消費税(または所得税)を暫定的に増税し、その増税分を何年か後に社会保障財源の恒久税に衣替えする」というかたちが望ましい。恒久税にするときに政治が紛糾しないよう、将来の衣替えも含めて導入時にしっかり国会で合意し、法制化するべきであろう。
 もう一つの問題はTPP(環太平洋経済連携協定)の交渉参加問題である。
 TPPについては、震災以前から大論争となっていた。大きな論点は農業問題であるが、それ以外にも、興味深い論点がある。一つは、グローバル化を梃子にした経済成長が日本の成長戦略として可能なのかどうか。いいかえれば、外需主導による経済成長がこれからも可能なのか、という点だ。もう一つの論点は、不安定な市場に任せず、国家が保護主義的な政策を打ち出して経済を主導するべきだ、という論点である。
 筆者自身はTPPが大きな経済効果を短期的にもつとは思わないが、日本経済の体質を構造的かつ長期的に強化するという利益はあると考える。また、これから論じるTPP反対論の多くの論点(農業の危機、日本の自主防衛への覚悟など)には共鳴するものの、それらはTPP参加・不参加とは無関係に日本の根本問題であり続けるのであって、TPP反対の根拠とすることは不適切だと考える。

立ちはだかる農業問題
 
農産物の関税を撤廃すると安価な外国産のコメなどが日本を席巻し、農業が壊滅する、というのがTPP参加に反対する有力な議論である。しかし、品目を絞れば関税の例外措置は交渉の余地がある。
 また、日本のコメは高い品質を誇っているので、富裕層・中間層の伸びが著しい中国などへの輸出は今後大きく伸びる余地がある。今般の放射能汚染の風評を跳ね返すべく、あらためて日本食品のブランド力を高める対策を強化すべきだ。
 輸入で日本の米作が崩壊するというのも誇張が大きい。日本のジャポニカ米と同品種か、食感の近い中・短粒種米の主要輸出国(アメリカ、中国、オーストラリア)の対日輸出能力は最大で200万_程度とみられる。他方、現在国内で生産・消費されているコメは800万を超える。かりに外国からのコメが日本に無制限に入ってくるとしても、600万は国内米が必要になるのだから、日本の稲作が壊滅することはない。
 TPP反対論では、日本の農業の対米国依存度が高いことを問題視する(中野剛志『TPP亡国論』)。日本の小麦や大豆などの穀物は大半がアメリカからの輸入に依存している。また、世界中で農地の地下水の減少が問題化しており、水資源の枯渇による世界的な食糧危機のリスクが高まっている。
 これらは、日本の食糧供給への差し迫ったリスクだが、TPPへの参加がさらにこれらを悪化させるとは限らない。TPPへの参加不参加にかかわらず、日本の農政が、長期的な視野で農業の抱える危機リスクに対処する戦略をもつべきであるということにつきる。
 日本の農業はTPPに参加するか否かに関係なく改革が必要な状態にある。農業に高い輸出競争力があれば農産物に対する関税率を低減させても問題はなく、むしろ、輸出が増えて日本の農業にとって得るもののほうが大きい。要するに、農業に産業としての競争力があるか否かが問題なのである。過去数十年、高関税に守られながら、日本の農業は高い競争力を獲得できなかった。
 酪農は欧州以上の規模を実現しているが、米作農家は小規模の兼業農家が多く、高齢化が限界まで進んでいる。小規模農家ほど高齢化率は高く、収益も赤字傾向が強い。
 農政は、自作農中心主義から脱却し、産業としての発展と地域共同体の維持を両輪で目指すことを目的とする枠組みに転換する必要があるだろう。そのためには、農地を担い手に集約して大規模米作などを実現し、自由な生産・販売や輸出を促進する方向に農地法や生産調整などの制度的な枠組みを改革する必要がある。とくに、農家への戸別所得補償制度は、競争力強化を促すかたちに再設計するべきではないか。

TPP参加の戦略的意義
 
10年9月に尖閣諸島で不法操業していた中国漁船の船長が逮捕され、日本と中国の緊張関係が高まった直後に、TPP問題は政策課題として突如浮上した。
 この経緯から考えても、TPP交渉参加が、中国に対するわが国の外交的立場の強化を狙った政策であると考えるのは自然であろう。中国抜きで日米が経済的連携を深めようとするこの動きに対して、中国の当局者は非常に神経をとがらせている。TPPが、中国に対する日本の外交的なカードになっていることは間違いない。
 TPP反対論者は、安全保障上の対米依存は冷戦期の思考だと批判する。アメリカの相対的地位の低下や対アジア戦略の変化に対応して、日本は自主防衛と真剣に向き合う必要性があるという(中野前掲書)。
 日本が独立国としての気概をもつべきだという中野氏の問題意識は理解するが、それがTPP反対論になるのは解せない。TPPへの参加不参加にかかわらず、防衛のあり方は日本国の根幹の問題として考えるべき問題だ。また、中国が経済力と軍事力を連動させて積極的な行動に出ている現実の前では、わが国の戦略として、アメリカとの連携を強化することは自然であろう。日本の自主独立とTPP反対は結びつかない。両者を結びつけて考えることは、むしろ国益を損ねるというべきではないか。

 

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