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2011.05.09

震災後の農業新生

WEBRONZA に掲載(2011年4月15日付)

 我が国有数の食料基地である東北地方の農業は、今回の震災で大きな被害を受けた。農林水産省は、津波により流失や冠水等の被害を受けた農地は、24千ヘクタール(73百万坪に相当)であると公表した。特に、宮城県の太平洋岸地域の市町村では42%もの農地が被害を受けている。被害農地の多くは、平野部の優良農地である。
 塩分濃度が高まれば、作物は水分を吸収することができず、枯れ死する。仙台市の農地の塩分濃度は、通常の農地の19倍にも達し、数年間米の作付は困難だと言われている。地震による地盤沈下も激しい。さらに、茨城県や千葉県でも、大規模な液状化によって大量の砂や泥が水田に噴き出し、農業用パイプラインも破損するという被害が生じている。今回の震災で大きな被害を受けた農地の機能を回復するためには、がれきの除去、海水につかった農地の除塩、水路、パイプラインの補修など、相当の費用と時間を覚悟しなければならない。
 津波で被害を受けた農地については、その多くは畔もなくなっているので、元あった一筆の農地の形状を復元することは難しいし、高齢な農業者が、新たに機械を購入して、営農を再開することも、困難だろう。
 しかし、これは、非効率だった農業を効率的な農業に新生させる大きなチャンスである。田んぼの効率性は四隅の数で決まると言われる。同じ3ヘクタールの規模の農家でも、0.3ヘクタールの農地を10筆持っている農家と3ヘクタールの農地を1筆持っている農家とでは、後者の方が、機械作業が簡単となるので、少ない労働時間で効率よく生産できる。
 現在農地整備は0.3ヘクタール区画を標準に行われている。高齢化で農業を継続できなくなった農家の農地を集めたり、別の地区の農地との交換を行って農地をまとめるという換地処分を行ったりして、3ヘクタールの大区画にすれば、水田に直接種をまく直播という新しい低コスト技術も導入できるので、さらにコストは低下し、農業収益は増加する。国内でも、福井県で、このような対応を行っている事例がある。
 直播のための新たな機械導入を行う若手農業者に対して、国が補助を行うとともに、効率的な大区画農地を若手農業者に配分すれば、世代交代も実現できる。被災地を対象として特別措置法を制定し、いままで認められてこなかった、他の者に先駆けて農地を購入する権利である"先買い権"を公社に認め、公社が購入した農地を若手農業者に優先的に売却する、農協等の一部の法人にしか認めてこなかった農地信託事業を信託銀行、信託会社など一般の法人にも認め、信託農地で土地購入代金を支払えない若手農業者に営農させる、政府出資を含む農業ファンドを創設して若手農業者の資金繰りを援助するなど、積極果敢な対策を講じるのである。これは、農業の復旧ではない。新生農業の建設である。
 こども手当ての見直しだけではなく、農業新生のためには、問題の多い農業政策も見直しが必要である。米の減反政策は、供給を制限することによって高い米価を実現しようとするものである。これは、規模拡大による効率化の妨げとなるばかりか、食料安全保障に必要な農地資源も減少させてきた。しかも、この生産制限カルテルに農家を参加させるため、年間2000億円、累計7兆円にも及ぶ財政支出を行ってきた。東北地方の農業が厳しい事態に直面した今、米を作らせないという政策を続けるべきではない。さらに、不況によるリストラで生活水準が低下した人たちに加え、今回の大震災で仕事も財産も失い、食料を買えなくなるかもしれないという人たちがいる中で、巨額の財政支出を投下して米の価格を高く維持するための減反政策を継続することは、著しく不公平かつ非倫理的ではないのだろうか。
  全販売農家を対象とし、バラマキとの批判が絶えない、戸別所得補償政策についても、対象農家を一定規模以上の企業的な農家に限定すべきである。家族、仕事、家屋、財産を失った人が苦しんでいる中で、所得の高い兼業農家にまで所得補償を行うことも、著しく非倫理的である。減反と戸別所得補償政策の見直しによって、少なくとも4000億円以上の財源を復興のために捻出できるはずだ。また、このように農業政策を変更すれば、全国的にも、減反廃止による米価低下で農業から退出する零細兼業農家から、所得補償を受ける企業的な農家に農地が集約化され、農業の効率化による新生が実現することとなろう。

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