本文へスキップ

2011.04.26

第十五回 復興財源調達の最適解

ゲーデルの貨幣-Ⅲ-政策篇(15) 『週刊金融財政事情』 2011年4月25日号に掲載

国債発行は増やすべきか
 前回は、震災復興に関連して国債の日銀引受けには危険が大きいことを論じた。国債の日銀引受けは問題だが、震災復興の財源を国債で調達すること自体は、理論的な見地からは積極的に推奨される。
 国債増発による震災復興費の調達は、税が労働や生産に与える「ゆがみ」が経済活動を悪化させ、それが震災復興にも間接的に悪影響を与えるという理由から次のように正当化される。
 消費税や所得税をあげると、労働供給が減ることになり、結果的に財の生産が効率的な水準に達しなくなる。また、法人税の増税(または法人税の減税のとりやめ)は、設備投資や企業の国内立地を減少させ、これも生産水準を引き下げる。悪影響は増税される税率幅が大きくなると、より一層、強くなる。悪影響を最小にするには、一時的な財政支出(復興費)を国債で賄い、その国債償還の負担は小幅な恒久増税によって将来世代に広く薄く分散させることが最適になるのである。
 一時的な巨額の財政支出が必要となったときに財源をどうするかという典型的な問題は、戦費の調達である。UCLAのリー・オハニアン教授は朝鮮戦争時のアメリカの戦費調達を新古典派的な枠組みで検証する研究を行っている。当時、アメリカはおもに所得税などの増税で戦費の調達を行った。前述のように、経済理論によれば税率を短期間で変動させることは生産活動に悪影響を及ぼすので、アメリカ国民の社会厚生にとって最適な政策とはいえない。オハニアンは、朝鮮戦争の戦費を国債発行で調達し、小幅な恒久増税によってその償還を行うと米国経済がどう変化するかをシミュレーションした。その場合、アメリカの社会厚生は、現実のケースよりも向上することが示された。
 ミネソタ大学のV・V・チャリ教授らも、一時的な財政支出の増加に対する最適なファイナンス方法について同じ結論を得ている。つまり、国債増発で突発的な財政支出を賄い、その償還は小幅な恒久増税で行うのが最適になる。
 こうした研究を東日本大震災の復興財源の議論にあてはめると、二つの結論が得られる。
 一つめは、国債発行による財源調達そのものは積極的に肯定されるべきだ、ということ。二つめは、震災前に比べて財政のスタンスを(小幅にかつ恒久的に)引き締める必要があるということである。
 二つめの結論は、震災復興費の負担を現在世代も将来世代も広く薄く分担するべきだということだ。そのもっとも大きな政策的含意は、震災前に想定されていた財政再建のプランやスケジュールを維持しつつ、それに加えて、震災復興の負担を小幅な恒久増税で将来にわたって分散するということである。したがって、財政の全体的なスタンスは、小幅かつ恒久的に引き締めるべきだといえる。
 とくに、震災前までに合意したり検討してきた財政再建の努力を緩めるべきではない。たとえば「税と社会保障の一体改革」の検討スケジュールは先送りせず、具体化を急ぐべきである。これは、標準的な経済理論の結論であるだけではなく、膨大な公的債務を抱え、国債暴落のリスクが高まっている日本の特殊事情からみても適切な方向性であるといえる。
 ただ、政治的な現実性があるかどうかという見地からは、恒久的な増税で復興国債をファイナンスするという案が最善とは限らない。社会連帯税や復興消費税など、復興のための特別な税をかけて復興費を短期間で賄う、という提案が有識者から出されている。災害を受けて国民の結束が高まり、復興支援への合意が得られやすい現在は、政治的には増税の好機である。短期的増税は、経済学的には最善ではないが、政治的な現実性からはベストかもしれない。

電力会社の事業再生のあり方
 福島第一原発の事故処理や放射能汚染への補償などにはおそらく数兆円単位の費用がかかる。巨額のコストは東京電力の経営に大きな影響を及ぼす。東京電力の今後を考える際には二つのポイントがある。
 金融危機の防止と電力供給の安定である。
 東京電力の社債発行残高は約5兆3000億円で日本の社債市場の8%を占める。市場では東京電力の社債は、国債並みに安全な債券とみなされてきた。東電による事故処理と損害賠償の枠組みが決まる過程で、東電社債のリスクが顕在化すれば、日本の債券市場が混乱する可能性もある。もっとも東電は金融仲介をしているわけではないので、リーマンブラザーズの破綻がもたらしたような連鎖的な金融危機が広がるとは考えにくい。それでも、社債保有者のバランスシートを毀損し、倒産の連鎖や信用収縮などを引き起こして経済にダメージを与える可能性があるから、原発事故の処理の財源を考える際には、十分に影響を考慮する必要がある。
 また、東京電力の国有化などの議論で注意すべき点は、関東圏への安定的な電力供給という本来の業務に重大な支障がでないようにすることだと思われる。損害賠償の負債を東電に背負わせる方法いかんによっては、東電は電力事業者としてのモチベーションを失ったゾンビ企業と化してしまうかもしれない。かつての国鉄や社会保険庁のような国営事業が非効率な運営に陥って大きな損害を国民にもたらしたことを想起するべきだ。東電のガバナンスの向上と整合性がとれた事業再生を行う必要がある。
 賠償債務を東京電力の本体からオフバランス化する何らかのスキームが求められる。あるいは、電力供給を行う主体(グッドカンパニー)と原発事故の事後処理を行う主体(バッドカンパニー)を切り分け、グッドカンパニーの賠償債務には一定のキャップを設定し、市場が予想しやすい形にする。一方、グッドカンパニーの株式の相当部分をバッドカンパニーが保有するなどして、グッドカンパニーの事業再生に伴う配当やキャピタルゲインも原発事故の損害を受けた方々に給付金として支払われるようにする。たとえばこのような再生フレームワークが考えられよう。

同シリーズコラム

同シリーズコラムをもっと見る

小林 慶一郎 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

小林 慶一郎 その他コラム・メディア掲載/論文・レポートをもっと見る

マクロ経済 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

コラム・論文一覧へもどる