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2011.04.04

第十二回 リスク増殖社会

ゲーデルの貨幣-Ⅲ-政策篇(12) 『週刊金融財政事情』 2011年4月4日号に掲載

原発危機の衝撃
 福島第一原子力発電所の危機が、なお進行中のため、将来を見通すことはむずかしい。原発政策の今後はまったく予測困難であり、東日本の電力不足は長期化しそうである。原子力発電が停滞すれば地球温暖化対策の道筋も大きく変わる。
 今回は、こうした現実の問題から一歩離れて、少し概念的な問題を考えたい。また、大地震と大津波という自然現象そのものではなく、大震災に誘発された「原発危機」をどのようにとらえるのか、という点に焦点を絞る。われわれがおかれた現在の状況をどのように概念的に把握するべきなのだろうか。
 1986年にチェルノブイリ原子力発電所の事故が発生したとき、ヨーロッパ諸国民が受けた心理的な衝撃は、いまのわれわれに匹敵するものだった。チェルノブイリ事故後、西ドイツの社会学者ウルリッヒ・ベックは「リスク社会」論を提唱し、世界的に注目を浴びた(邦訳『危険社会』)。
 ベックは、現代社会を「リスク社会」と規定し、その特徴を次のように論じた。第一に、人間が作り出した巨大科学技術が、国境を越えた巨大な損害(放射能汚染など)を作り出すリスクが現実になった。そのため、「内政」と「外交」の峻別というような近代の政治制度の枠組みが無効になりつつある。第二に、近代化の徹底(たとえば個人主義の徹底)が、近代化そのものをむしばんでいく(個人主義の徹底が、工業社会の基盤となる家族制度を崩壊させるなど)。したがって近代化そのものが、社会の直面するリスクを拡大させる。
 ベックの論点は、福島第一原発の危機を考えるうえでも有意義だが、筆者が注目したいのは、「近代化が近代化自体をむしばんでいく」というビジョンである。原発事故に即していうと、巨大技術の導入という人間の選択が、それまで存在しなかった巨大リスクを近代社会にもたらす。「リスク社会」という概念でベックが主張しているのは、人間の行動と選択によって新しい巨大なリスクがいわば内生的リスク(EndogenousRisk)として創造される、ということである。
 福島原発の場合、数百年に一度の大地震と大津波という想定外の事象が、原発の安全装置をすべて破壊したために深刻な危機に陥った。しかし、原発の設計段階の想定を超える事象やまったく想定外の事象が発生する可能性はけっしてゼロにできない。したがって一つの原子力発電所を建設することは、やはり社会に対する大きなリスクを内生的に創造する、といわねばなるまい。
 人間の行為の結果として、意図せざるリスクが増殖する。さらに、このリスクは、経済学が通常想定するような限定的で個別的な(idiosyncratic)リスクではなく、国全体あるいは国境を越えて強烈な大損害を与える全面的な(aggregate)リスクなのである。ベックの「リスク社会」という名称は、こうした種類のリスクをさす言葉としてはやや漠然としている。むしろ、近代化が近代化自体を破壊するリスクを内生的に増殖させる、という意味で現在の状況は、「内生的リスクが自己増殖する社会」あるいは「リスク増殖社会」と呼ぶべきではないかと考えられる。

偶発的ショックの大破局への進展を防ぐ
 社会のなかの小さな主体(個人や企業や銀行など)の行動が、社会全体に巨大な「全面的リスク」をもたらす事例として、ベックは原発事故のほかに、9・11同時多発テロや世界的な金融危機をあげている。筆者はこれに財政破綻のリスクも加えたい。
 原発危機、金融危機、財政危機などの発生メカニズムは、リスク増殖社会という統一的な枠組みで論じることができよう。
 金融危機については、「個々の金融機関のリスク選択によって内生的にシステミック・リスクが拡大し、巨大な金融危機を引き起こす」という理論がプリンストン大学のヒュン・ソック・シン教授ら複数の研究グループによって提唱されている。(将来の金融危機の発生を予想すると)個々の銀行がリスク量を増やし、金融システム全体に過剰なリスクが蓄積する。その後、小さな偶発的ショックをきっかけに、システミックな金融危機が発生するのである。
 財政破綻でも類似のロジックが成り立つ。各時点の政権は、財政赤字を出すことによってわずかずつ財政破綻リスクを追加するが、財政リスクの蓄積量は莫大な量になり、ある時点で、小さなショックをきっかけに国債暴落と経済混乱が発生する。
 ベックは社会学の分野で「リスク社会」論という新しい領域を提唱したが、経済学でも同じ試みができるかもしれない。原発事故が現実になったいま、政策的な観点からは、社会学だけではなく経済学によって、リスク増殖社会を定量的に分析することが急務とも考えられる。個々の経済主体の一回の行動(設備投資など)が「全面的なリスク」を生み出すことを分析した経済理論は筆者の知る限り、金融危機の関係を除くと、見当たらない。理論的には、特殊なタイプの巨大な外部不経済効果をもつ経済活動を理論化することによって、内生的リスクの理論をつくることができそうである。経済学には、プラスの外部経済効果が経済成長の原動力であるとする内生的成長理論がある。これと対比すると、いわばその「ネガ」が内生的リスク理論となるかもしれない。
 現代社会の発展や個々人の行動の結果として、現代社会の枠組みを破壊するリスクが自己増殖する。破滅的な事態をどのように防止したらよいのか。これは原発技術に限らず、グローバルな金融システムの高度化や政府債務の累増という問題にも共通する課題である。こうした問題についての判断基準を得るためにも、さまざまな学問分野の知を結集して「リスク増殖社会」の本質を探ることが求められているのではないだろうか。
 この連載では、震災発生前、おもに財政破綻のリスクに対する対処について論じてきた。リスク増殖社会の観点から、次回は、もう一度この問題を整理したい。

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