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2011.03.29

第十一回 大震災に立ち向かう(2)

ゲーデルの貨幣-Ⅲ-政策篇(11) 『週刊金融財政事情』 2011年3月28日号に掲載

迅速かつ大規模な為替介入
 大震災と大津波の甚大な被害に加えて、原子力発電所の危機は深刻な状態が続いている。なんとか事態収束に向かうことを祈らずにはいられない。危険な環境下で命懸けの努力を続けている現場の方々に敬意を表したい。
 経済政策面でも次々と対策が打ち出されている。危機対応融資の発動や、金融機関への公的資金による資本注入が相次いで検討され、企業金融の不安に先手が打たれつつある。こうした金融対策や被災者支援のために官民の関係者は不眠不休の激務が続いているはずである。その労に感謝したい。
 震災後、市場では急激な円高が進み、一時は1ドル76円25銭と史上最高値を更新した。3月18日のG7で協調介入に合意したことを受け、1ドル81円台まで戻したが、市場での円高圧力は高いままである。
 大地震や原発事故は日本経済に大きなダメージを与えることから、円安材料であるはずである。円高が進むのは一見、不可解である。これは、「被災した日本企業が復興資金を入手するため外貨建て資産を売って円を買うだろう」という思惑から海外の投機家が円買いに走っていることが大きな原因とみられる。だからといって円高が市場の過剰反応による一時的な現象、と断じることはできない。1995年1月の阪神・淡路大震災の直後も円高が半年以上にわたって進み、その年の4月に最高値(ドル79円75銭)をつけていた。当時と同じように円高が数カ月も続けば、震災で被害を受けた日本の輸出企業にとって、復興に向けての大きな足かせになる。震災と原発リスクで暴落した株価も、円高によってますます下落傾向を強めている。
 一方、震災と原発事故は大きな円安要因であること、また、日本の公的債務が、阪神・淡路大震災の当時に比べて大きく悪化していることを考え合わせると、震災後の経済実態の悪化で日本国債への不安が顕在化し、為替が円安に大きく振れることも十分に考えられる。1923年の関東大震災後は、復興物資などの輸入が急増し、結果的に円安となって外貨準備が枯渇し、日本経済が苦境に陥った。
 足もとの円高が日本企業の再建を阻害する可能性があることや、逆に為替が過剰に円安に振れるリスクが高まっていることを考えると、G7の協調介入の合意に基づき、日本政府は迅速かつ大規模な為替介入を続けて円為替の安定化を図るという強い決意を世界の市場関係者に明示すべきだと思われる。震災が市場に与えたショックに対抗するためには、数十兆円規模の介入が必要かもしれない。また、かりに日本政府による為替介入(円売り・外貨買い介入)に円高是正の効果が小さかったとしても、震災後の日本国債への信認を維持し、震災復興資金のファイナンスを安定化する効果はある。
 その理由は、筆者がこの連載でこれまで論じてきたことである。
 国債が暴落すれば、為替は円安に進む。日本円への信認が失われる前の段階で、日本政府が円売り・外貨買い介入によって外貨建て資産を蓄積しておけば、円安が進行するとともに外貨建て資産が為替差益を生み出すため自動的に政府の財政は(円建てで)改善する。このように外貨建て資産の蓄積によって、国債と円に対する信認の低下を緩和できる。つまり、円売り・外貨買い介入は、日本の財政当局自身が円安へのリスクヘッジをすることと同等であり、結果的に、円安の進行(=国債価格の下落)をある程度は防止することになる。
 こうした理由により、日本政府による迅速かつ大規模な為替介入は、直接的な景気浮揚効果があるとともに、中期的スパンでの国債市場の安定化を促し、それによって震災復興への財政支出を円滑にするうえで効果があると思われる。

財政出動か、緊縮財政か ― 関東大震災の教訓
 23年に発生した関東大震災後の景気変動は次のようなものであった。まず、震災直後は復興需要によって経済活動は活況を呈したが、復興需要の盛り上がりを見込んだ思惑による輸入が急増し、外貨準備が減少したため国際収支の壁に突き当たった。また、日本の国債償還への不安から、震災公債の市中での消化が困難となったため、加藤高明内閣は財政整理(すなわち行財政改革による歳出の15%削減)に踏みきった。この結果、大きなデフレ圧力が日本経済にかかり、日本は深刻な不況に陥った。
 関東大震災の経緯からの教訓は、震災復興に際して緊縮財政を避けるべきだ、ということなのだろうか。財政出動を拡大すべきなのだろうか。
 関東大震災の復興期も、復興のための公債消化に困難があったことは事実であり、緊縮財政を実施しなければ、復興資金の調達がますます困難になった可能性がある。したがって、震災復興のための国債消化を円滑に進めるとともに、緊縮財政による景気悪化を避けるためには、「財政緊縮+金融緩和」という90年代にアメリカで通説となったマクロ経済政策の公式を実施することが有効と思われる。
 関東大震災後の金融政策は、金本位制によって制約されていた(正確には、震災当時、日本は金本位制を離脱していたが、旧平価での復帰を目指すことが当然視されていた)。そのため、思惑輸入の急増による円安に直面して、円レートの下落を防止したいという政策目標に縛られ、金融緩和政策を維持できなかったのである。
 現在の日本は為替レートを一定水準に高めるという政策目標はもっていないので、緊縮財政を実施して日本国債への市場の信認を高めつつ、金融緩和を大幅に進めて総需要を喚起することが可能である。これは金融緩和による円安効果で外需を拡大するという戦略である。緊縮財政と金融緩和による経済成長の追求というマクロ経済運営は、2000年代前半の小泉政権で実施され、戦後最長の景気拡大を実現した。震災復興のためにわれわれが目指すべきはこの方向であると思われる。

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