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2011.03.25

第十回 緊急寄稿 大震災に立ち向かう

ゲーデルの貨幣-Ⅲ-政策篇(10) 『週刊金融財政事情』 2011年3月21日号に掲載

流動性対策と金融危機防止を
 この大震災にどのように対応したらよいのか。被災者の方々をどのように支援し、被災地とどのように連帯してゆけばよいのか。報道で被災者の状況に接するにつけ、胸のつぶれる思いである。
 9・11テロ後のアメリカでは、テロに動揺せず、ノーマルな生活を続けることによってアメリカ的な価値を守ろう、と大統領が訴えた。われわれも日々の生活を再建しなければならない。自然の巨大な力に対抗して、文明の再建を行うという強い決意とモチベーションをもつためには、われわれの経済生活が究極的にどのような価値観に立脚しているのか、何を守ろうとするものなのか、を常に自らに問い続けなければならないだろう。
 あるいはまた、これまで当然と考えていた生活のやり方についても大きな変更が余儀なくされるかもしれない。本稿執筆時点で、福島第一原子力発電所と福島第二原子力発電所の原子炉が冷却不能に陥り、建屋の爆発、放射能被ばくの発生など、緊急事態が進行中である。これからどのような経過をたどるにしても、今後の日本における原子力利用のあり方については国民的な議論が起こるだろう。守るべきもの、変えるべきもの、を決めるためにも、われわれの生活が目指している究極的な価値観が判断基準となる。われわれは大震災によって自らにそれを問うことを迫られている。
 本稿では、大震災に関連する経済政策上の課題を考えたい。被災地の救援や復興のためにも、経済運営への支障が最小限になることが重要である。たとえばもし、金融危機のような事態が発生すれば、地震の救援や復興にも大きな支障が出る。そこで、日本経済の運営が円滑に進むようにする方策をあらかじめとることが求められる。
 大震災後は、物的な供給連鎖や、金融上の信用連鎖の途絶による連鎖倒産によって経済的被害が全国的に広がることが懸念される。
 こうした問題に対処する方策は、日本銀行が国民保護業務計画の一環として策定している。国民保護業務計画とは、国民保護法に基づいて日銀などの指定公共機関が策定するもので、外国からの武力攻撃などの緊急事態に対処する計画である。日銀の国民保護業務計画では、緊急時における手形決済の延期や不渡りの猶予などが定められている。このように企業間の決済を猶予するシステムを日銀が主導して整えることにより、支払いの不履行によって連鎖倒産が発生するような事態は回避できる。こうした計画を、今回の大震災への対応にそのまま流用することができるだろう。また、最近は手形を用いない企業間決済が増えていることを考えると、さらに踏み込んだ対策をとることも考えられる。
 売掛金など企業間信用を担保として日本銀行が企業向けに貸出を行うこと、あるいは、売掛金などの担保価値を政府または日銀が保証することによって、民間金融機関に企業間信用を担保とする貸出を促す、という政策も数カ月~1年単位の中期的な対応として考えるべきであろう。これは、1923年の関東大震災で実施された「震災手形」と同じ趣旨の政策である。関東大震災時には、信用不安を防止するために、被災企業に関連する手形(支払遅延や不渡りの確率が高かった)を日銀が割り引いて現金を供給した。
 今回の大震災でも、大規模な信用不安の発生を防止するために、震災手形と同様の措置を企業間信用に対して打ち出す必要が出てくるかもしれない。日本銀行をはじめとする経済政策当局には、市場の情勢を注視して、連鎖倒産や銀行破綻などのシステミックな危機が生じないよう適切な対応をとることが求められる。

改革実行こそ国民の責任
 今回の復興には数十兆円から百兆円規模を超える財政支出が必要となるだろう。当然、赤字国債の発行によって災害復旧費をファイナンスすることになるため、日本国債には大きな価格下落リスクがかかる。この連載でこれまで論じてきたように、財政への信認はいつ失われてもおかしくはない。市場の信認が失われて、国債暴落という事態が発生すれば、大震災からの復興は資金不足によって大きく遅れ、被災者の方々の苦しみを何倍にも増やすことになってしまう。
 ここは経済合理性を超えた「政治的」合理性の発揮を投資家に求めたい。日本国債を買い支え、復興資金を円滑に融通することによって、未曾有の大震災に際して被災者の方々と連帯し、日本が追求する価値を守るという決意を示すことが求められているのである。
 投資家に連帯と愛国心を求めるだけでは不十分である。国民全体で復興を支えなければならない。われわれ国民は何をすべきか。それは、強い政治的な決断をもって、財政の持続性を回復する改革を実行するということにほかならない。さらに、既得権にとらわれない構造改革を果敢に実行し、生産性を上げて経済成長を回復する。そのことで財政を安定化させる。財政の持続性が回復すればこそ、巨額の震災復興資金も国債発行によって円滑にファイナンスでき、早期の復興を達成することができる。
 財政の改革は政治そのものである。「税と社会保障の一体改革」について与野党が救国的な合意をして早急に改革を実行すべきだ。富裕層の高齢者への年金給付の削減や消費税増税の痛みは、広く国民全体で担う必要がある。また公務員制度改革などの歳出削減策についても同様である。具体的な歳出削減と増税のスケジュールを明示し、国債に対する市場の信頼をつなぎとめることが至上命題といえる。
 また経済成長へ向けた課題も大きい。農業や医療・福祉などの分野でも既得権にとらわれない規制改革を行い、TPP(環太平洋経済連携協定)への参加などで日本経済の開放性を高め、生産性を上げることが重要である。
 長年、先送りされてきた課題を現実に実行することこそ、震災被害者に対するわれわれの責任なのである。

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