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2011.03.17

大被害を二度と招かないために

WEBRONZA に掲載(2011年3月15日付)

 信じ難い規模の震災によって、尊い命を落とされた方々に、心より哀悼の意を表したい。また、かろうじて九死に一生を得た方々も、最愛の方を亡くされたり、住む家をなくされたり、心が張り裂かれんばかりの深い心痛を受けられているはずである。思うだけで、私は言葉も出ない。
 被害に遭われた方々は、瞬時に、持てるものの全てを奪い去った自然の破壊力を、今思い起こすだけでも立ちすくまれていることと思う。自動車が流されることさえ信じられないのに、家屋さえも津波に押し流され、まるでおもちゃのように、ぶつかり合って破壊され、津波が引いた後には瓦礫の山しか残らない悲惨さは、筆舌に尽くしがたい。
 遠く離れた私達が、テレビの映像を見ているだけで、恐怖を禁じ得ないのに、目の前で大惨事を目撃した方々の思いがどのようなものなのか、想像もできない。ビデオに残された悲痛な音声からしか、我々には察する道はない。
 被害に遭われた方々は、今をいかに生きるかで頭が一杯で、明日のことすら、考える余裕もないことだろう。しかし、いずれ、被害に遭われた方々だけではなく、国民全体も、被害を受けた東北地域の明日を考えざるを得ない。その明日の地域は、今回の被害を二度と起こさないようなものでなければならない。そのためには、木造家屋以外の堅牢な家屋を建設する必要があろう。雨露をしのぐ、目前の家屋も必要かもしれない。しかし、拙速に家屋を建設するだけでは、再度の大被害を免れることはできない。
 東北地方は、我が国有数の食料基地である。しかし、日本農業については、これまで無計画な土地利用によって、農地の真ん中に住宅が建設されたり、市役所が建設されたりした結果、周りの農地は日陰となって、農業生産、ひいては食料供給に支障を生じている。また、このような無秩序な土地利用は、景観を著しく損ねてきた。戦後の乱開発は、国民から美しい農村風景を奪ったのである。
 ヨーロッパはどうだろうか?ベルギーの首都ブラッセルから電車でフランスに向かうと、一面の小麦畑から、突然パリが浮かび上がる。ヨーロッパでは、農村と都市の区分がはっきりしている。ヨーロッパの農村は、ドイツでもフランスでもきれいである。日本のように、車窓から眺めて、住宅地が間断なく続くという醜い風景は、ヨーロッパには存在しない。
 拙速に復旧活動を行うのではなく、明日のあるべき地域の在り方について住民の間で十分に意見を交わし、しっかりした土地利用計画の下で、災害に強い強固な建物を建設していく必要があるのではないだろうか。このためには、個別の土地の所有権についても、住民間の十分な話し合いを尽くして、見直すことも必要になろう。その際には、過去に宅地等に転用してしまった農地を、元の農地に戻すことができれば、食料安全保障に貢献できる。こうすれば、今回の大惨事を福と転じることも、できるのではないだろうか。
 首都東京は、関東大震災、東京大空襲の二度にわたって、灰燼に帰した。しかし、目前の復興を優先させたために、パリのような美しい都市づくりを行う機会を、二度も逸してしまった。しっかりした復興計画を樹立して、旧に倍する美しい東北の建設を行う。
 そのためには時間もかかるだろうし、また必要な費用については、国民全体で負担していくべきである。被災地以外の我々は、運よく被害に遭わなかっただけだからである。そうすれば、いずれ東北地方は、我々国民全体に、美しい農村風景と豊かな農産物・水産物の実りをもたらしてくれることだろう。それを心から願わずにはいられない。

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