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2011.03.11

医療を成長戦略に生かしたいのなら

『あらたにす』新聞案内人 2011年3月7日号に掲載

  • 松山 幸弘
  • 研究主幹
    松山 幸弘
  • [研究分野]
    財政・社会保障

 今回は政府・民主党が新成長戦略で掲げる"医療による経済成長"について考えてみたい(ポイントは 2010年6月18日の閣議決定「『新成長戦略』について」参照)。

○弱い国際競争力
 医療法人社団KNI理事長北原茂実氏の近著「病院がトヨタを超える日」が話題になっている。北原氏は「医療は日本を救う輸出産業になる」という信念のもと、内戦で荒廃し医療制度が白紙状態のカンボジアに日本の医療制度そのものをパッケージ輸出しようとしている。
 私は、2005年に出版した本の冒頭で、米国の大学やブランド医療事業体の間で海外に医科大学や医療施設を丸ごと直接輸出するブームが起きていること、「自動車やエレクトロニクスなどで世界をリードしている日本がどうして医療分野ではまったく競争力がないのか」とワシントン大学教授に聞かれ「米国と比べて病院の建物や医療機器は遜色ないが、病院のみならず医科大学もマネジメント力が欠落していることが最大の原因」と答えたことを記した。

○医療ツーリズムは限定的
  医療は関連産業の裾野が広く新規雇用創出の源泉であることから、"医療に追加財源投入すべき"との意見がある。しかし、医療が国内産業にとどまる限り、税金で医療へ追加財源を投入してもその生産波及効果は他産業の財源減少マイナス効果でほとんどが相殺される。したがって、医療を経済成長のエンジンに転換するためには医療による外貨獲得を目指す政策が求められる。
 そこで政府・民主党の新成長戦略では海外富裕層患者を呼び込む医療ツーリズム振興を目玉政策として掲げている。しかし、医療ツーリズムを事業の柱にしているアジアの代表的医療事業体アポロホスピタルズ(インド)、フォルティスヘルスケア(同)、パークウェイヘルス(シンガポール)、バムルンラードインターナショナル(タイ)4社の年間売上高を合わせても1,400億円にすぎない。仮に日本がアジ アの医療ツーリズム市場でシェア100%獲得できたとしても、日本経済へのプラス効果は微々たるものなのである。
 一方、中国、インドをはじめ近年高い経済成長を続けているアジア諸国の国内医療サービス市場は、一人あたり国民所得が一定レベルに達した時点から爆発的に急拡大すると予想される。したがって、医療による外貨獲得で日本経済を活性化させるためには、患者が来るのを待つ医療ツーリズムではなく相手国に直接進出することにチャレンジしなければならない。
 日本経済の競争力低下は、医薬品・医療機器の貿易収支と技術導入(特許)収支を合わせた対外収支の赤字が膨張し続けていることに顕著に表れている。同赤字の拡大は、1990年2,802億円⇒2000年6,311億円⇒2008年1兆648億円⇒2009年1兆3,277億円と近年さらに加速している。これは、医薬品・医療機器分野におけるわが国の国際競争力が減退し、海外から高い買い物をさせられていることの証である。医療を日本経済成長のエンジンに転換するためには、この医薬品・医療機器の対外収支赤字を縮小し将来黒字転換する国家戦略が不可欠なのだ。

○「非営利のメガ医療事業体」を提案
  その国家戦略の柱として非営利メガ医療事業体を創ることを提案したい。なぜなら、医療の国際競争力が高い国々には大規模な医療事業体が存在し、これらのメガ医療事業体が医療関連企業による新製品開発のインフラとなっているからである。加えてメガ医療事業体は非営利でなければならない。株式会社病院は技術進歩の担い手ではなくフリーライダーだからである。
 この点について米国セントルイスにある非営利メガ医療事業体BJCヘルスケアの幹部は、次のように説明していた。医療技術開発のためには優秀な医師の協力が不可欠である。一方、新しい医薬品、医療機器が認可されても、それが医療現場で普及するまでは価格が高く医療機関側の赤字になる。しかし、赤字を理由に技術開発の成果使用を認めなければ、優秀な医師を集めることはできない。そこで非営利メガ医療事業体経営者は、自らの役割を先進医療の赤字を一般医療の黒字で埋め全体で黒字を達成することに置いている。このような発想は株式会社病院にはない。
 米国には年間医業収入が数千億円を超える非営利メガ医療事業体が多数存在する。カナダ、オーストラリア、英国でも1千億円前後の非営利メガ医療事業体が公立病院を核に作られている。これら諸外国の非営利メガ医療事業体の共通点は、一つの広域医療圏で様々な異なる機能を有する医療施設を垂直統合し経営意思決定を一元化していることである。

○マネジメント変更が必要
 一方、わが国にも国立病院機構(2009年度医業収入7,626億円、病院数144)のようなメガ医療事業体が幾つか存在する。しかし、いずれも異なる医療圏で単独施設経営を行う病院が水平統合したものにすぎず、事業体としての求心力がなく医療技術開発のインフラになり得ていない。自治体が設置者である公立病院にいたっては巨額の補助金を得ながら放漫経営を未だ続けている。これを打開するためには、人口100万人前後の広域医療圏単位で国・公立病院を経営統合し、欧米の非営利メガ医療事業体と類似のマネジメント構造を構築する必要がある。

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