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2011.03.08

第八回 国債の暴落に備える(1)

ゲーデルの貨幣-Ⅲ-政策篇(8) 『週刊金融財政事情』 2011年3月7日号に掲載

外貨建て資産の保有でダメージを緩和
 為替リスクを政府部門が吸収して、対外投資を促す、という政策スキームには、もう一つの重大な意義がある。それは、将来的に起こるかもしれない日本国債の暴落という事態に備えたダメージ緩和策という意義である。
 堅実な財政再建の道筋を描く努力をすることは政府の責任である。菅政権が推し進める社会保障と税制の一体改革の議論は成功させなければならない。しかし、もし成功しなかったらどうするか、ということを考えるのも一つの責任であろう。財政再建のプロセスが十分に進まない場合には、国債暴落のダメージを最小にするために何ができるのだろうか。
 一つの答えは、「公的部門が、円建て債務で資金を調達し、その資金で外貨建て資産(あるいは対外資産)の保有額を増やすこと」だと思われる。
 政府の借金が多すぎて困っているときに、さらに借金を増やす話だと考えると、荒唐無稽のように思われるかもしれない。
 しかし、この政策は、官民ファンドをつくって為替リスクを政府部門が吸収し、民間資金で対外投資を増やす、という政策スキームと本質的に同じなのである。つまり、日本の成長戦略や欧米のバランスシート調整のための政策対応と同じ政策である。その同じ政策が、一方で財政破綻への備えにもなっている、というのが本稿の趣旨である。
 日本の財政に対する市場の信頼がこれから数年は続くが、あるときになんらかのイベントをきっかけに市場の信頼が失われ、国債市場の大幅な調整(すなわち国債暴落)が発生する、と仮定しよう。
 このシナリオを為替面からみると、当面の数年間は円高トレンドが続くが、国債暴落とともに、円が急落し、急に円安トレンドに為替がジャンプする、ということである。こうした為替変動を前提にすると、円高が続く今後数年(ないしは十数年)のうちに、日本の政府部門が円建てで借金をして外貨建てで資産を増やせば、国債暴落の局面(つまり円安局面)において、かなり大きな為替差益を得ることができる。むしろ、外貨建て資産を大量に公的部門が保有していれば、危機時にその資産を売却することによって、日本の国債価格と円の為替の急落にブレーキをかけることもできる。
 円高が続く現状において、日本の公的部門が円建て債務と外貨建て資産を両建てで増やしておくことは、国債暴落の振れ幅(つまり「円高→円安」の振れ幅)を小さくし、日本経済に与えるダメージを緩和する政策になりうるのである。

モデルで枠組みを検証
 念のため、簡単なモデルでこのことを確認しておこう。モデルの枠組みは、「物価水準の財政理論」を援用した。これは、最近の経済学界でかなり広く支持を得ている考え方である。基本的には、物価水準(貨幣の価値)はその貨幣を発行する国の財政の健全性によって決まる、という説である。
 モデルでは、日本の物価水準をPとし、政府債務の名目額をDとする。Dは、国債と貨幣(日本銀行の債務)の合計である。日本政府の財政余剰(将来の税収の現在価値)の実質値をsとする。物価水準の財政理論によると、政府の債務と財政余剰が一致するように、物価水準が決まる。つまり、
Ps = D
が物価水準Pを決める式になる。この式は、左辺を政府の資産、右辺を政府の負債、と読めば、政府のバランスシートの式そのものである。国債暴落とは、「将来の税収が、いままでの予想額(s)よりも小さくなる」と、市場が認識することで起こる。市場が突然、「財政余剰がsではなく、半分のs/2になる」と気づいたとしよう。このとき、物価水準P′は
P′s/2 = D
で決まるので、P′=2Pになる。
 財政余剰の予想額がsのときは物価が低いが、財政余剰がs/2になると物価水準が2倍になる。この急な物価上昇が経済を混乱させるので、物価上昇を抑えることができれば、国民の経済厚生を改善できる。
 そのために、国債暴落の前に、政府が外貨建て資産(実質額a)を購入するとする。議論を簡単にするため、外貨を「ドル」として、ドル表示の実物財の価格は1で固定されているとする。するとPやP′は、円建ての価格であると同時に、円・ドルの為替レート(円表示のドルの価値)にも一致する。
 政府は円建てでD′ = Paを借金して、外貨建てでaを購入する。円建ての物価決定式(政府のバランスシート)は、国債暴落の前は、
P(s+a) = D+D′
となり、物価水準はPのままである。国債暴落(財政余剰の予想値sがs/2になること)が起こると、物価P″は、
P″(a+s/2) = D+D′
で決まる。この二つの式から国債暴落後の物価がわかる。
P″=[(a+s) / (a+s/2)]P
外貨建て資産の量aがゼロだったら、国債暴落後の物価はP″=2Pとなるが、aが増えるとP″が小さくなりPに近づくことがわかる。つまり、aを増やすことによって、国債暴落時の物価上昇の幅を小さくできる。そうすることで、国債暴落のために日本経済が受けるダメージを、軽減できるのである。
 以上の議論では、政府部門が外貨建て資産を保有することを考察したが、為替リスクのみを政府が保証する政策でも同じことがいえる。また、たんに民間部門が対外資産の保有を増やすことにもダメージ軽減効果がある。なぜなら、国債暴落時には、民間の対外資産も大きな為替差益を日本にもたらすので、日本経済全体としてみればダメージの軽減効果はあるからである。現在、日本の官民合わせた対外資産は約600兆円である。日本経済全体のバランスシートをみると、総資産は約8000兆円(うち金融資産は5500兆円)、総負債は約5200兆円である。対外資産は総資産の1割にも満たないのだから、もっと増えてもよい。
 官民の対外資産を政策的に増やすことの意義は、十分、検討に値する。

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