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2011.03.03

第七回 欧米のバランスシート問題と日本の対応(2)

ゲーデルの貨幣-Ⅲ-政策篇(7) 『週刊金融財政事情』 2011年2月28日号に掲載

Win―Winの政策スキームは可能か
 欧米のバランスシート調整を進めるには、当該国の政府債務を増やす必要がある。しかし、財政破綻への不安から、欧米は積極的に公的資金をバランスシート調整に投じることができない。
 相対的に経済の健全性が高く、円高の状況にある日本が、政策的に対外投資を増やし、その投資の一部が欧米のバランスシート調整をファイナンスする政策スキームを形成できれば、日本も欧米も経済厚生を改善するWin―Winの結果を実現できるのではないだろうか。
 たとえば、日本政府が出資する官民投資ファンドを組成し、民間から円建てで投資資金を募る。ファンドの為替リスクは資本金を出資する政府が吸収し、民間からの資金は為替リスクを(ほとんど)負わないという構造にする。ファンドは円建てで調達した資金を、新興国の企業に投資したり、欧米の国債を購入したりすることにあてる。
 このような政策スキームは公的金融機関などを活用して、既存の制度内でもできると思われるが、議論を簡単にするため、ここでは新たな官民ファンドをつくることを前提に考える。
 こうした政策スキームができれば、日本にとっては、企業や投資家のグローバル展開を促進することとなって、長期的な成長戦略の方向性と一致した政策になる。とくに、新興国向けの投資が増えることは、日本経済の産業構造を強化するし、将来的に対外投資からの収益増が見込まれるので、マクロのバランスからみても望ましい。
 一方、欧米では、財政悪化や通貨安への懸念が、民間部門のバランスシート調整(民間の過剰負債を政府部門に移転する作業)を遅らせている。財政破綻とは、国債価格の暴落、インフレーションの高進、そしてドルやユーロの通貨価値の下落である。とくに共通通貨のユーロは、その崩壊すら危惧する意見が根強くある。
 したがって、欧米の政府債務や通貨の価値が下がらないように、日本の官民ファンドが欧米の国債や公共債を買い支える政策スキームができれば、それは欧米のバランスシート調整をスピードアップし、欧米経済の回復を促進する。
 最近の動きもこうした政策の効果を裏付けている。金融財政危機に苦しむギリシャ、ポルトガルの国債を中国が買い支えたのに続いて、日本は欧州金融安定化基金(EFSF)の債券購入を表明した。こうした日中の投資行動は、欧州を助けるものとして、欧州メディアなどでは好意的な反応が出ている。
 こうした動きをもっと積極化させるべきだ、というのが筆者の見解である。たとえば、日本からスペインなどの金融危機国の国債購入を積極的に進め、欧州支援の姿勢を明確化することが考えられる。また、米国債やGSE債(ファニーメイ、フレディーマックなど米政府系の住宅金融公社債)への日本からの投資を、米国住宅市場の不良債権処理とセットで進める、という政策協調が実現できれば、米国経済の健全化にとって有効な政策となると思われる。
 なお、日本の資金を戦略的に欧州や米国債・公債に投資することは、中国の積極的な動きを考慮すると、経済的な意義だけではなく、外交的にも日米欧にとって大きな意義のあることではないかと思われる。

欧米のバランスシート調整と世界経済
  日本の官民ファンドが政策的に欧米のバランスシート調整をファイナンスする、というと、読者は「日本がコスト負担して欧米を救済する」という印象をもたれるかもしれない。しかし、これは日本の利益にもなるという意味で、Win―Winの政策なのである。
 その理由は、欧米のバランスシート問題が、欧米だけではなく、日本を含む世界経済の全体に対し、次のような「外部不経済効果」をもたらしているからである。バランスシート調整によって、この外部不経済効果を取り除ければ、日本経済にもプラスの効果が及ぶ。
 バランスシート問題がもたらす外部不経済効果はおもに三つある。一つは、本連載第一回でも論じた「デット・デフレーション」のメカニズムである。過剰債務に苦しむ家計や企業が、借金を減らそうとして手持ちの土地や株などを投げ売りする。その結果、地価や株価が下がる(資産価格のデフレーション)ため、家計や企業の資産の価値が減り、借金を返しても借金の負担感は減らない、という状況になる。これがデット・デフレーションである。金融危機後の欧米経済の低成長はこのメカニズムである程度説明できる。デット・デフレーションが欧米で起これば、需要が収縮するため、外国(日本)にとっても、需要減の弊害が及ぶ。
 もう一つの外部不経済性は、カウンターパーティーリスク(取引相手から契約どおりの支払いを受けられないリスク)の増大である。不良債権問題が蔓延している経済では、取引相手に対する不信が拡大する。これは金融機関同士の関係に限らず、企業や家計などあらゆる経済主体の取引関係に影響するリスクである。カウンターパーティーリスクが広がると、家計や企業の経済活動が萎縮し、経済全体の需要が低迷する。これも当事国だけではなく、外国(日本)にも負の影響を与える外部性である。
 三つ目の外部性は、この連載の第二篇(危機篇)で論じた問題である(注)。通常、民間の金融機関の債務は、貨幣の機能(取引の決済手段)を果たしている。これは正の外部効果である。ところが、バランスシート問題が発生して、取り付け騒ぎが起こって、金融機関の短期債務が消滅してしまうと、貨幣機能を担う存在が消滅することになる。これが、負の外部効果をもたらすメカニズムである。これも経済を委縮させ、外国(日本)にも害を与える。 欧米のバランスシート調整を促進する政策は、これらの外部不経済効果を取り除くことによって、欧米だけではなく、世界と日本経済にもプラスの効果をもたらすのである。

(注)09年11月23日号~12月14日号(「不良資産と内部貨幣の消失」)

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