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2011.02.28

社会保障改革の中身はなぜ理解されない

『あらたにす』新聞案内人 2011年2月8日号に掲載

  • 松山 幸弘
  • 研究主幹
    松山 幸弘
  • [研究分野]
    財政・社会保障

最初に私の専門と新聞との関係についてひとこと触れたい。

 私は、生命保険会社で年金ファンド運用担当者であった1998年7月、経済誌に「公的年金返還で景気浮揚ができる」という論文を書いた。その主旨は、年金に偏りすぎている社会保障財源を医療にシフトさせ医療を経済成長のエンジンに転換することにあった。また、消費税率引き上げの必要性を説き、消費税率引き上げが景気に与えるマイナス効果を相殺するために公的年金積立金の一部を現役勤労者に返還することを提案した。

 この論文が自民党有力議員の目にとまり、参議院議員選挙敗北の責任を取って総理を退陣したばかりの故橋本龍太郎衆議院議員に呼ばれた。橋本氏の頭には社会保障制度データがインプットされており、税・社会保障制度の一体改革に関する熱い議論が2時間以上続いた。そして驚いたことに、8月に開催された自民党年金制度調査会において、厚生省(当時)が提出した年金改革案を白紙撤回させ私案を検討することを指示されたのである。

一体改革への関心、10年で一変
 当然のことながら厚生省の反対にあい私案は実現しなかったが、新聞記者から「"松山私案に反対するのであれば厚生省は理由を明確に示す必要がある"と真摯に受け止めている厚生省首脳もいる」と告げられ政策研究者になることを決意、1999年3月に生命保険会社を辞した。以来、国内外の医療現場視察や政策担当者との意見交換で見聞を広げつつ日本経済・社会再生の研究を行ってきた。10年前と現在の大きな違いは、多くの国民が税・社会保障制度の一体改革について強い関心をもち、自ら考えていることである。

 ちなみに、大学院講義で新聞記事を使っているが、毎回社会人の院生たちから多くの示唆を得ている。また、オフィス清掃会社スタッフである私と同年齢のご婦人ともこの問題についてよく議論する。その結果、新聞報道が読者にどのように伝わっているのか、説明不足になっている点は何か、を把握できる環境にある。そこで、税・社会保障制度改革の分野を中心に読者が新聞報道をより深く理解し評価するための一助になる切り口を提示することで、「新聞案内人」としての責務を果たしたい。

 初回テーマとして選んだのは、社会保障制度改革の判断基準である。このうち年金を巡る論点ついては、本年1月21日付の当コラムで森信茂樹氏が指摘されたとおりである。付け加えるとするならば、多くの国民が2004年年金制度改正により組み込まれた将来の年金給付額調整の意味を理解していない点である。  年金保険料率は2017年に18.3%まで引き上げられ、その後財源不足に陥れば年金給付額を引き下げ調整することになっている。したがって、将来年金給付調整が完全実施されるのであれば、年金制度が形式上破綻することはない。与謝野大臣が年金給付開始年齢引き上げを問題提起したのは、この現行制度の枠内と考えることができる。しかし、国民の多くは現在の年金給付と大差ない金額を受け取れると錯覚しており、具体的選択肢を突き付けられて強く反発している。これは、長期間かけて合意形成された後期高齢者医療制度を実施した途端に国民から拒否反応が出たことに似ている。

判断基準示さず議論
 このように社会保障制度改革の具体的内容が国民に正確に理解されていない理由の一つとして、政府や政治家が国民に判断基準を示すことなく論争していることがあげられる。典型的なのは医療の負担と受益(給付)のバランスに関する判断基準である。最近も、厚生労働省が70歳~74歳の受診時患者負担割合を特例措置である1割から法律どおり2割にすることを提案したところ、民主党が反対、"高齢者負担増"という見出しが新聞に踊った。

 しかし、医療財源は税、保険料、受診時患者負担の合計である。この3財源の形で一人当たりいくら負担しているかを年齢階層別に計算すれば、70歳~74歳の負担が他の年齢層に比べて低く、負担増と反対する方が不合理であることが明らかになる。そもそも医療費が増えれば同額だけ国民全体の負担も増える。したがって、70歳~74歳を優遇することは他の年齢階層とりわけ現役勤労世代の負担増にほかならない。民主党は現役勤労世代の負担をより重くして選挙に勝てると考えているのであろうか。

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