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2011.02.22

第六回 欧米のバランスシート問題と日本の対応(1)

ゲーデルの貨幣-Ⅲ-政策篇(6) 『週刊金融財政事情』 2011年2月21日号に掲載

近隣窮乏化かバランスシート調整か
 日本の経済成長を促進するために、公的部門が為替リスクを吸収して対外投資を促進する政策は有効と考えられる。しかしそれは、短期的には他国からマーケットを奪う可能性がある。ケインズ経済学的な国際金融論の教科書によれば、変動相場制の下での金融緩和政策は、他国の経済を悪化させて自国の経済を改善しようとする近隣窮乏化政策である。
 為替リスクを政府が引き受けて民間部門が在外資産や外貨建て資産の保有を増やせば、その分、国債への需要が減退するため長期金利が上昇する。金利を抑えるために日本銀行が国債買入れを増やすことを余儀なくされる。こうして対外投資の促進策は金融緩和政策(すなわち教科書的な枠組みでは近隣窮乏化政策)を招来する。
 しかし対外投資の促進を近隣窮乏化政策にしない方法がある。欧米のバランスシート調整と関連づけた政策スキームを構想できれば、日本と世界の双方の経済厚生を改善することができると考えられるからである。たとえば、欧米のバランスシート調整に必要な公的資金を日本の公的な対外投資ファンドがファイナンスする、という政策スキームをつくることができれば、日本も欧米も双方がプラスの政策効果を得ると思われる。

政府主導の調整阻む財政不安
 欧米は依然として民間部門がバランスシート調整の途上にある。つまり、民間の過剰債務(銀行からみれば不良債権)を政府債務に移しかえる作業が続いている。財政拡大や金融緩和、あるいは直接的な公的資本注入などの政策手段を講じることが今後も必要と考えられる。
 バランスシート調整の進め方は、まず民間の「バランスシートの穴」を政府に移し、最終的に政府部門に集約された「穴」を(とくに公的資金を受けた金融業界からの)増税や、歳出削減によって国民の負担で穴埋めする手順を踏む。この民間のバランスシート調整は、必然的に政府債務の増大をもたらす。
 ところが、欧州もアメリカも政府債務の増大にはネガティブである。

 ユーロ圏は、共通の金融政策を採用する一方で、財政政策は各国ばらばらという特異なマクロ経済運営を行ってきたため、金融危機後は、財政運営にきわめて神経質になっていた。そこに昨年の欧州財政危機で矛盾が顕在化した。通貨は固定相場制と同じであるにもかかわらず、加盟各国政府の国債発行を制限する仕組み(たとえば金本位制の場合、正貨蓄積に対する各国政府のコミットメントがそれにあたる)が欠けていたため、欧州財政に対する市場の信認が失われた。欧州は財政運営に対する市場の信認をつなぎとめることに躍起になっており、民間の不良債権の抜本的な処理を進めることはできなくなっているようである。スペインやアイルランドの銀行部門には隠れた不良債権が相当程度、潜んでいると思われるが、90年代の日本と同じように、財政規律の回復を優先するあまり、不良債権処理は「先送り」となっているのではないか。とくにスペインの銀行部門の状況は不透明なままであり、同国の情勢がどうなるかによって、欧州全域に深刻な影響が及ぶと懸念されている。
 アメリカは基軸通貨国であることから、ドルに対する市場の信認が揺らぐ懸念は欧州通貨に比べれば小さい。しかし、80年代以降、経常収支の赤字と財政赤字という双子の赤字が続いているため、金融危機によってドル暴落に対する不安はアメリカの経済学者や政策当局者の間で高まっている。金融危機までの10年間、アメリカの巨大な経常収支赤字は中国など新興国の黒字でファイナンスされてきた(グローバル・インバランスと呼ばれる構造)。危機前は、アメリカの高い生産性や効率的な金融システムが他国から投資資金を引き寄せている、という説が主流だった。つまり、米国経済の生産性が高いから自然に資金を引き寄せてグローバル・インバランスが起こっているのだから、アメリカの双子の赤字は持続可能だという強気の意見が強かった。それが、金融危機によって逆転した。グローバル・インバランスに巻き戻しの兆しが出てきたため、ドルへの懸念が高まっているのである。
 さらに、アメリカの議会多数派を握る共和党は、小さな政府を標榜し、民主党政権の財政拡大路線に批判的である。経済学者のなかにも、アメリカの政府債務が増加し続けると、市場で国債が消化できなくなり、金利上昇とインフレーションが起こるのではないか、と懸念する人も多い。財政拡大を続ければ、70年代と同じように、スタグフレーション(インフレと失業の共存)が起こる、と懸念する人が増えているのである。
 学者の議論では「アメリカに差し迫っているのは、インフレか、デフレか」がホットなテーマであり、どちらの議論に軍配が上がったといえる状況ではない。民主党寄りのケインジアン(ケインズ経済学者)や連邦準備制度理事会のバーナンキ議長たちは、アメリカが直面するリスクはデフレである、として積極的な金融緩和政策や財政拡大を続けることを主張している。一方、共和党寄りの経済学者(シカゴ学派など)は、政府債務が膨張すれば、不況のままでインフレーションだけが高まると強調する。この主張は、財政破綻がハイパーインフレーションをもたらした過去の欧州や中南米諸国の経験からの警告である。また理論的にも、財政の状態が究極的にインフレを決定するという説が近年、強まってきた。「物価水準決定の財政理論」という考え方である。この考え方では、財政が悪化し、しかも「将来、増税はできない」と市場が予想すると、不況とインフレが同時に起こることになる。
 経済学者の論争には決着がついていないが、政治情勢から考えて、アメリカの政策は共和党寄りの健全財政にシフトせざるをえない。
 このように、欧州もアメリカも、不良債権の抜本処理(バランスシート調整)を進めるために政府はリーダーシップを発揮しにくい。その最大の要因は、財政の健全性に対する不安なのである。

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