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2011.02.10

キャメロン首相の医療改革の方向性

  • 柏木 恵
  • 主任研究員
    柏木 恵
  • [研究分野]
    財政・社会保障
 イギリスは昨年6月の選挙で15年ぶりに労働党政権から保守党政権になった。キャメロン政権は就任後に大幅な緊縮財政を掲げ、GDP比11.3%(2009-10年値)の財政赤字を 2015年までに1.2%にするという目標を掲げ、増税と歳出削減が決まった。10月には歳出削減の具体案が示された。2014年までに810億ポンドの歳出削減を行うこととなった。 具体的には医療と海外援助を除く各省庁の予算を平均19%カットし、児童手当3年間凍結、住宅補助の見直しを行う。イギリスは中長期的な国家存続の立場に立ち、財政赤字の 削減に本格的に取り組むことになった。増税と歳出削減をセットで即座に開始したことは、わが国にとって参考になる。イギリス国民の反発は大きいが、財政再建は必須であ る。
 しかし、医療だけは少し扱いが違う。管理コストは45%カットを目指すものの毎年実質ベースで医療支出を0.1%増やすことになっている。
 イギリスの医療である国 民健康サービス(National Health Services: 以下NHS)はイギリス発祥であり、国民も文句を言いながらも誇りを持っている。イギリスそのものともいえるNHSに手をつける ことは政治にとって勇気のいることで、これまでの政権も医療政策は大事にしてきた。キャメロン政権も同様である。単に医療費予算をカットすればいいという問題ではない 。いかに医療を継続するかという観点が政権の長さを決める。
 キャメロン政権のキャッチフレーズは「大きな社会」である。国民一人一人が自分自身に責任を持ち、その上で周囲をも手助けする社会でありたいとしている。言いかえれ ば、国家の役割を社会にシフトしようというものである。その理由として、もっと地域が個々の実情に合わせてフレキシブルに対応できたほうがよい、地域や個人の自由裁量 を大きくした方がよいと考えている。医療についても例外ではない。NHSにも地方自治と自由裁量を導入しようとしている。キャメロン政権はこれまでとの違いを表1のように 示している。

表1 キャメロン政権の医療政策の考え方
コンプライアンス(守ること)から コミットメント(関与・責任)へ
達成すべきミニマム・スタンダード 目指すことができる改善の総和
階層のある組織やシステム、標準プロセスを使った統制 協調や管理のためにゴール、価値、意見の共有
罰則や制裁の恐怖が推進力となる 共通目的への関与・責任が推進力となる
組織的な責任
(もし私がこれを行わなかったら、私の業績目標が果たせない)
協調関係への責任
(もし私がこれを行わなかったら、私のグループやコミュニティが機能しない)
(出所)Gary Belfield and Helen Bevan (2010)


 昨年6月の白書『公平と卓越:NHSを自由化する』にも地方自治と自由裁量について以下のように書かれている。
●患者の選択枠を増やす。患者は必要な情報にアクセスし、自分で健康管理できるようになる。
●「結果による支払(Payment by Results)」を徹底し、透明で安定した仕組みを作る
●地域の役割を拡大する。自治体は医療・介護をつなぐ役目となる
●予算の権限を、家庭医(General Practitioner: 以下GP)を中心とした地域コンソーシアムに80%渡し、NHSと民間医療を競争させる(2012年から)。
●NHS官僚政治をやめさせる。2014年までに200億ポンド節約する。管理コストは45%カットする
●保健省の機能と組織を減らす。存在する必要のない特殊法人を減らす。
 キャメロン政権は、これまでの保守党・労働党政権の医療政策を基本的には受け継いでいるが、予算権限を、GPを中心とした地域コンソーシアムに移すことと、保健省の機 能を縮小し、既得権を外し、古い慣習を壊すことを目指している。
 NHSを例に示してきたが、財政赤字から脱却するには、構造改革と権力からなる既得権益を小さくすることが重要である。古い体質では、グローバル社会の中で柔軟に対応し 、生き残っていくのは難しいだろう。わが国でも社会保険庁の記録問題や談合、入札の問題などが発覚し、以前から既得権益の問題は議論されているが、大きく変えるところ までは至っていない。
 しかしイギリスはこのグローバル社会の中で生き残るために、構造改革に手をつけたといえる。また地方自治を進めるには、中央政府の役割を縮小しなければ、地方の自立 ができず、目標が達成できないし、中央・地方合わせると予算も大きくなってしまうだろう。道州制を視野に地方自治を進めているわが国にもおいても、イギリスの舵取りは 参考になる。

参考文献
Gary Belfield and Helen Bevan (2010) The Transformation of England's National Service
Department of Health (2010) Equity and excellence: Liberating the NHS
HM Treasury (2010) Spending Review 2010, Cm7942

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