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2011.02.10

第四回 成長戦略からみた対外投資の位置付け

ゲーデルの貨幣-Ⅲ-政策篇(4) 『週刊金融財政事情』 2011年2月7日号に掲載

低成長の先進国から高成長の新興国へ
 日本経済は財政破綻のリスクというネガティブな課題に直面する一方で、成長戦略というポジティブな政策課題もある。今回は日本経済にとって望ましい成長の方向性を考えたい。
 マクロの視点で国内の状況をみると、内需主導の経済成長が近い将来に達成できる見通しが立たない。医療や福祉関連のサービスに対する潜在的な需要は大きいが、それらが国内で産業として自律的に力強く成長するとは考えにくい。日本経済の需給ギャップが広がっているなかで、当面の1~2年のタームで景気を浮揚させようとすれば、消去法から外需に頼るしかない。
 ただし、単純に輸出攻勢を仕掛けるのでは芸がない。政府の成長戦略でも強調されているように、アジアのマーケットを日本と一体としてとらえる必要がある。そのためには、現地への直接投資や証券投資を増やし、経済の一体化を意識的に進める必要がある。
 また、今後数十年程度の超長期の世界経済の成長パターンを考えても、日本から新興国等への対外投資の増加は自然な方向性である。トレンドとしては、日本を含む先進国の経済が成熟化し、急速な成長が見込めなくなっているなかで、アジアや南米などの新興国は比較的高い成長を維持すると思われる。
 ちなみに、アメリカ経済については、過去100年以上の長期間にわたって年平均成長率2%を維持してきた。マクロ経済学の世界では、アメリカは2%成長を続ける、という認識が議論の前提として共有されている。欧米諸国は、金融危機の後遺症で、当面は不安定だが、それでも2%程度の成長率に長期的には落ち着くだろう。その一方で、新興国・地域では、高い経済成長率を維持しながら、先進経済に向けた急速なキャッチアップが続くと思われる。
 キャッチアップとは、資本ストックが過小な新興国・地域において、急速な資本蓄積が進み、一人当り資本ストック量が先進国並みに収束していくプロセスである。当然、キャッチアップ中の新興国では資本の収益率も高い。一方で、先進国は資本ストックが過剰にあり、資本の収益率は新興国に比べて低くなる。
 たとえば、中国はGDPの総額では日本を抜いたが、人口が日本の10倍であるから、一人当りGDPは日本の10分の1である。日中が同じ生産関数と仮定すると、資本の収益率は、一人当りGDPに比例する。つまり、中国の資本の収益率が日本と同じになるのは、中国のGDP総額がいまの10倍になるときである。それまでは、中国の資本収益率は日本のそれを上回った状態が続く(ただし、中国と日本の生産性の違いなどを考慮すれば、資本の収益率が均等化する時期はもっと早いと思われる)。
 中国ではインフラ投資の波及効果もめざましい。2年前に西安から沿岸部への幹線道路が開通しただけで西安周辺の農村の所得が農産物輸出によって数倍に跳ね上がったという。こうした急激な変化への対応が日本に求められている。
 世界経済が先進国の低成長と新興国の高成長というパターンで推移するならば、資本収益率の低い先進国から収益率の高い新興国に投資資金が流れることが自然である。先進国である日本の成長戦略としては、低収益の国内投資ではなく、高収益の新興国向け対外投資を増やすべきだ、ということになる。新興国の高成長の果実を、投資リターンの形で日本に還元することによって、日本の成長を底上げするという戦略である。
 国内から海外に投資をシフトすれば、国内の産業と雇用の空洞化が進むかもしれない。海外投資からの高いリターンが国内に還流すれば、内需を生み出すので空洞化の影響は小さくできる。しかし、そうなるまでには、若干、時間がかかる。国内の空洞化への対策としては、TPP(環太平洋経済連携協定)への参加などによって、外資の対内投資を促進して雇用創出に努めるしかないだろう。
 マクロ的に望ましい日本の成長戦略は、当面は外需主導の経済成長を追求することだと思われる。つまり、日本から新興国に直接投資し、その投資からの収益で所得収支の黒字を拡大する。また、この地域と一体化して輸出を増やし、貿易収支も改善する。こういう形で需給ギャップの解消を図るのである。

 ビジネスモデルの変質と対外戦略
 企業レベルの視点でみても、直接投資による対外進出は、成長のために不可欠だと思われる。多くの識者が指摘しているように、いまの日本企業の課題は、モノだけではなく、サービスや問題解決策(ソリューション)を世界に向かって売ることである。サービスやソリューションをモノと一体的に海外に売り込むには、直接投資によって相手国に根を下ろし、サービス網を構築することが不可欠になる。モノだけを売り込む場合でも相手国に販売網をつくることが必要だが、サービスやソリューションが付加価値の中心となる現在では、たんなる販売網では対応できない。現地の顧客のさまざまなサービス需要に対応できる子会社やシステムを現地に作り上げる必要がある。
 たとえば、ある日本の空調設備企業は、対外進出のために、現地の工務店を買収した。空調設備の製造と販売・取付けを行うだけなら、工務店を買収する必要はない。空調に関連するさまざまな「問題解決策」を顧客に提案するためには、工務店が行う空調関係以外のサービスも自社に取り込む必要があったのだろう。また、工務店の顧客リストは、丸ごと空調販売のための顧客リストに転用することができる。工務店を買収することで、空調設備の「マーケット」を買うことができるわけである。
 この例のように、サービスやソリューションを海外で売ろうとする場合、モノだけを売る場合に比べて、現地企業を買収することが、一層、重要となる。
 マクロのバランスからみても、ミクロのビジネスモデル変化への対応という意味でも、対外投資を増やすことが日本経済の進展にとって重要だと考えられる。

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