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2009.12.17

2009年ノーベル経済学賞から見た医療の競争政策

  • 松山 幸弘
  • 研究主幹
    松山 幸弘
  • [研究分野]
    財政・社会保障

 2009年のノーベル経済学賞は、事業体の組織構造が決定されるメカニズムと市場の関係を解明した功績で知られるウイリアムソン、オストロム両氏の共同受賞であった。ちなみにウイリアムソンは、その著作「ガバナンスのメカニズム」(1996年)にお いて、"取引コスト"という概念を用いて事業体がより経済効率の高い組織構造を選択するロジックを論じている。

 この理論は、「垂直統合して関連部門全てを包含している事業体」と「分社化して契約に 基づき必要な財・サービスを外部調達する事業体」の両極端組織が存在している理由を考察するのに役立つ。ウイリアムソンによれば、市場取引の契約交渉が決 裂しても時間的コストも含めコストがかからないのであれば分社化組織を採用できる。しかし、契約交渉決裂のコストが高い場合は、垂直統合し決定権限を一元 化した組織の方が時間もコストも節約できるので優位である。彼は、このロジックが医療サービス産業にも適用できることを同著の序文で示唆している。実際、ウイリアムソンが提唱するロジックは、近年、米国、カナダ、英国、オーストラリア等で医療事業体の垂直統合が急速に進んでいることを説明するのに適している。なぜなら、医療は参加者間の取引コストが非常に高い産業だからである。

 医療全体の経済効率と質を高めるためには、医療機関が過剰医療を回避し根拠に基づく医療 に注力する必要がある。しかし、過剰医療であっても診療報酬対象になるのであれば、医療機関にとって過剰医療をやめることは減収につながる。その結果得をするのは保険者である。つまり、図表1のとおり、保険者と医療機関の経済的損得は正反対なのである。また、医療技術の進歩により、急性期病院での入院期間 が短縮し患者が亜急性期病院、リハビリ施設、在宅ケアなど急性期病院の外で医療を受ける割合が高まっている。これは、急性期病院と非急性期医療事業者の間 で"患者奪い合い"⇒"収益分配の争い"勃発を意味する。その結果、医療市場参加者の間で患者情報の共有と医療の標準化が遅れ、医療全体の非効率と質低下を招くこととなる。

 この医療市場の欠陥は、保険者と医療機関、急性期病院と非急性期医療事業者が垂直に経営統合し経済的利害を一致させることで解決できる。しかし、これは医療市場における市場競争原理を否定するものではない。なぜなら、垂直統合した医療事業体を多数創り出せば彼らの間で市場メカニズムに基づくブランド競争が行われるようになるからである。

 この垂直統合医療事業体が一定規模以上(諸外国に事例から年間収入500億円超)になれば、技術進歩が加速する中で世界標準の医療を地域住民に効率的に提供し続けることが可能である。わが国における医療機関の競争を巡る議論は、個々の医療施 設間の競争を念頭に置かれてきた。しかし、医療を日本経済成長のエンジンに転換するには医療競争政策の視点を垂直統合医療事業体をベースにしたものに切り替える必要があると思われる。

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