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2009.12.17

第十八回「不良資産と内部貨幣の消失(その四)」

「ゲーデルの貨幣」-自由と文明の未来- 危機編 『週刊金融財政事情』 2009年12月14日号に掲載

不良債権処理の促進も金融政策
これまで貨幣量をコントロールする政策手段は、中央銀行が金利やベースマネーの供給量を操作する金融政策(Monetary policy、すなわち「貨幣政策」)に限られると考えられてきた。しかし、本連載でこれまで論じてきたように、高い流動性を得た資産(住宅ローン担保債券、株式、不動産)も広義の内部貨幣であるとすれば、資産市場において情報の非対称性を軽減する政策は、内部貨幣の供給量をコントロールする政策であると考えることができる。内部貨幣量は、資産市場におけるレモン問題(逆選択)によって減少する。いいかえると、資産市場でレモン問題が深刻化すれば、当該資産が流動性を失い、結果的にその資産は貨幣(財やサービスの交換の媒体)として機能することができなくなる。レモン問題を惹起するのは、当該の資産市場における不良資産の増加と「どの資産が不良資産であるかわからない」という不確実性の拡大である。したがって、不良資産処理(あるいは金融機関の不良債権処理)を促進する政策は、広義の貨幣量をコントロールする政策として位置付けることができると思われるのである。
 90年代以降の長期不況のなかで、日本では経験則として「不良債権処理は必要だった」と評価されているが、不良債権処理が公共政策として確固たる意義があるとする理論的な基盤は薄弱であった(筆者らは、不良債権が生産性を悪化させると論じてきたが、必ずしも一般的な議論にはなっていない)。不良資産が内部貨幣の量と関係していると考えると、不良資産処理のための政策は貨幣供給量に関する政策であるとみなすことができるようになる。不良資産処理を、通常の金融政策の延長線上に自然に位置付けられることになるわけである。
 しかし、不良資産処理のための政策は、政策金利の上げ下げのような通常のマクロ経済政策とは趣を異にする。
 不良資産と優良資産の区別を公開情報にすることが必要であるから、不良な貸出の借手(企業や家計)の清算や再生を個別に推進する政策が求められる。日本で産業再生機構をつくって不良債権を買い取り企業再生を実施したように、不良資産の買取りやリストラを専門に扱う政府系の機関(Asset Management Company、AMCと呼ばれる)を時限的に設立し、活動させることが必要と考えられる。AMCの必要性は、過去の金融危機の教訓として、IMFなどの研究でも指摘されている。
 金融機関に不良資産を処理するインセンティブを与えることも重要である。そのためには、米国市場において年に1、2回の資産査定(ストレステスト)を数年間続けることが必要ではないか。また、銀行や他の金融機関の会計基準も透明性が高く、厳しいものにする必要がある。さらに、厳しい不良資産処理を進めるにあたって、米国市場での不安の再発を防止するためにも、米政府は、金融機関への資本注入に備え、相当額の公的資金の枠を確保しておくべきではないかと思われる。
 今回の金融危機では、グローバルに不良資産が拡散した。これを効率的に処理するためには、不良資産の扱いについての国際的な政策コーディネーションも必要と考えられる。たとえば企業の倒産手続や個人の破産手続についての国際的なハーモナイゼーションや、不良資産買取りのための国際機関を設立することなどが考えられる(ヨーロッパでは、国際的な不良資産買取り機関の役割を、ECBが事実上果たしている、といえるかもしれない)。
 以上論じたように、不良資産処理を進める政策は、中央銀行よりも政府機関が実施する制度的な政策手当が中心になると思われる。しかし、不良資産と内部貨幣との関連に着目すれば、中央銀行の金融政策ルールも変更を迫られる可能性がある。

貨幣をコントロールする新しい政策ルール
金融危機時に限らず、通常の景気循環においても、ある種の資産(RMBSや不動産そのものなど)は市場環境しだいで内部貨幣として機能する。内部貨幣として機能していたある種の資産クラスにおいて、不良資産が増えれば情報の非対称性が高まり、レモン問題が発生する。そして、その資産は内部貨幣としての機能を失う。逆に、ある資産クラスで不良資産が減少すれば、情報の非対称性が軽減され、そのクラスの資産が新たに内部貨幣としての機能を獲得する。通常の景気循環でも、不良資産の増減は、内部貨幣の増減すなわち広義の貨幣量の増減と密接に関連していると考えられる。このような仮説からは、(予期しない)不良資産の増減は(予期しない)貨幣の増減と解釈され、それはすなわち景気変動の原因となる「貨幣的ショック」と解釈される。価格に硬直性がある経済では、このような貨幣的ショックを緩和する金融政策は、経済全体の厚生を改善する。したがって、中央銀行が行う金融政策は、不良資産の増減に反応すべきだ、と結論しうるかもしれない。不良債権が増えるときには内部貨幣量が減るので、中央銀行は貨幣供給を増やす(すなわち政策金利を下げる)べきだ、ということになる。
 たとえば、金融政策ルールとして、銀行の不良資産比率(総資産に占める不良資産の割合、あるいは、総貸出に占める不良債権の割合などで定義)に応じて政策金利を変えるというルールを、通常のテイラールールに組み合わせてみる。銀行だけでなく、証券会社なども含め広く決済システムにかかわりをもつ金融機関の不良資産比率を使うべきかもしれない。すると、次のような政策ルールとなる。
政策金利=中立名目金利+α(実勢インフレ率-インフレ目標)+β(GDPギャップ)-γ(不良資産比率)
 こうした政策ルールが望ましいかどうかを判断するには、厳密な理論モデルの構築や実証研究による検証がこれから必要となる。しかし、金融危機後の新しい金融政策ルールを考察する一つの方向性として、「不良資産比率に反応する金融政策」というアイディアは、熟慮の対象とすべき価値はあると思われる。

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