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2009.12.17

第十七回「不良資産と内部貨幣の消失(その三)」

「ゲーデルの貨幣」-自由と文明の未来- 危機編 『週刊金融財政事情』 2009年12月7日号に掲載

外部不経済の正体
前回までの議論をまとめると、金融危機のメカニズムは次のように要約することができる。①住宅バブル崩壊によって不良資産が大量に発生し、②そのため金融資産の市場で情報の非対称性が高まって、逆選択(レモン問題)が深刻化し、③結果としてもたらされた金融市場の機能不全が内部貨幣を消滅させ(あるいは現金の流通を阻害し)、④実体経済において消費、投資、雇用を急減させた。このように考えると、政策対応のターゲットは、内部貨幣の消滅を引き起こしている根本原因(すなわち不良資産の存在)を除去することになるはずである。
 政策を論じる前に、このような見方が金融危機の理解として正しいのだろうか。若干の注記をしておきたい。不良資産の存在が情報の非対称性をもたらし不況(消費や雇用の減退)を引き起こすという見方は、今回の金融危機に関する欧米の経済学者による既存の理論分析を組み合わせて、筆者が提唱しているものであり、必ずしも標準的とはいえない。一般的には、不良資産も不況も住宅バブルの崩壊によって引き起こされた結果であるという見方が普通だろう。また、不況が不良資産を生み出すという考え方も標準的なものである。実際そのとおりだが、筆者が注目したいのは、不良資産から不況への因果関係も存在し、それは深刻な外部不経済効果によって生じている、という見落とされてきた論点である。不良資産が不況の原因となることは、日本の不良債権処理と経済回復によってもある程度は立証されていると思われる(本連載第4回(8月24日号)第5回(8月31日号)の筆者とクルーグマン教授との論争を参照)。今回の金融危機でも住宅バブルの崩壊が不況、すなわち総需要の減退につながるメカニズムとして、内部貨幣の逆選択問題は非常に重要であると思われる。その問題に直接的に対処しなければ、不況の根本的な解決はできないだろう。
 また、不良資産の存在による内部貨幣の消失は非常に長期化する可能性もある。日本の90年代の「失われた十年」やアメリカの大恐慌(やはり10年以上続いた)という歴史的事実からの連想だけではない。「逆選択による内部貨幣の消失」という現象が、企業や銀行や家計にとって、外部不経済効果であるところに問題の本質がある。貨幣の消失は、たとえば公害の発生と同じような外部不経済効果であるため、銀行や企業などの私的主体はこの問題を自分たちのコストで解決しようとするインセンティブをもたない。したがって、もしも不良資産を保有し続けることが金融機関にとってコストのかからないことならば、不良資産処理はいつまでも先送りされ内部貨幣の消失という外部不経済効果は、いつまでも続くことになる(ちょうど公害問題が放置されればいつまでも続くのと同じである)。もちろん、不良資産や不良債権を保持し続けることは、債権者にとってのコストを増やすので、現実にはいずれ不良資産は処理される。しかし、そのタイミングは、貨幣消失の外部性を考慮していないため経済全体にとって最適なタイミングよりもずっと遅れることになるのである。つまり、民間では外部不経済は解決が困難なのであり、なんらかの政策的関与が必要と考えられるわけである(公害問題に規制や政策が必要とされたことと同じ)。

政策対応が必要な理由
金融危機の本質をこのように考えると、マクロ経済政策(財政出動と金融緩和)と不良資産処理政策との関係を新しい視点から整理しなおすことができる。ケインズ経済学的なフレームワークでは、なんらかの外生的ショックによって総需要が縮小した場合に、マクロ経済政策は、対症療法的に需要を刺激し、経済の自律的な回復を手助けするための「痛み止め」の役割を担うと考えられてきた。マクロ経済政策は需要不足を引き起こした「根本原因」を同定するのでもなければ、それを直接的に解決するものでもない。需要不足は、さまざまな要因が複雑に入り組んで起こっているため、需要不足の原因はすぐにはわからないし、その原因を直接除去する経済政策を考案することもできない。だから、対症療法の財政出動や金融緩和で需要刺激を行うしかないというのがケインズ経済学的な考え方である。また、需要不足は一時的な現象であり経済は自律的に回復するというのがその際の暗黙の前提である。
しかし、金融危機における需要不足の原因が、不良資産の存在による逆選択で貨幣消失が起こっていることだとすれば、原因(不良資産の存在)を直接のターゲットとする政策を採用するのが政策資源の使い方としては最も効率的だ。また、外部不経済効果が長期化する場合、対症療法のケインズ政策(だけ)では、いつまでも問題が解決しないことになる。
不良資産を処理し市場から除去する政策は、情報の非対称性を解決し、逆選択の問題を解消する。具体的には、産業再生機構のような政府系機関が不良資産を買い取ったり、金融機関に公的資金で資本注入をしたうえで、不良資産の償却を強く促したりする、という政策が必要だと考えられる。「不良資産がどこに隠れているかわからない」というレモン問題(カウンターパーティー・リスク)が内部貨幣を消失させ、経済に損害を与えるのだから、「どの資産が不良資産なのか」という情報を銀行などに開示させて、それを公開情報にすることが問題を解決する。つまり、「どの住宅ローン担保債券が不良なのか」「どの銀行貸出が不良債権なのか」「どの企業が簿外債務を抱えているのか」という不確実性を明らかにすることによって、逆選択の問題を抑制することを政策目標とすべきなのである。そのために、不良資産の政府による買取りや、銀行への資本注入などの政策を行う必要がでてくることになる。
このように考えると、日本が長年苦しんだ不良債権処理の作業も、外部不経済の除去という非常に重要な公共的意義があったのだと理解することができる。
(次回に続く)

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