本文へスキップ

2009.09.15

第七回「なぜ資産バブルの防止は重視されなかったか」

「ゲーデルの貨幣」-自由と文明の未来- 危機編 『週刊金融財政事情』 2009年9月14日号に掲載

FEDビューを支えるニュー・ケインジアン
 今回は、標準的なマクロ経済モデル(景気循環モデル)が、資産バブルについてどのような判断をしているのかを展望する。
 ニュー・ケインジアンであれ新古典派であれ、標準的な景気循環分析の世界では、金融システムは家計(消費者、労働者)と企業の間で資金の流れをつなぐ「パイプ」として表象され、受動的で消極的な存在とされていた。金融システムそのものが大きな経済変動の原因になるとは、想定されていなかった。また、金融システムが扱う貨幣という存在も、標準的なモデルのなかでは、「名目価格」を表示する会計単位の役割しか与えられていなかった。
 今回のグローバルな金融危機の原因となった資産バブルの発生や崩壊は、このような標準的なモデルの設定では、そもそも扱いようがなかったといえるかもしれない。それでも、資産価格のバブルや金融制約(たとえば企業の借入れが土地担保で制約されることなど)の問題を扱うために、標準的モデルにはさまざまな「工夫」がほどこされてきた。
 たとえば、企業の設備投資が担保借入れによって制約され、担保となる不動産や資本ストックの価値が変動すると設備投資も影響を受ける、というような仮定が導入された。ベン・バーナンキ連邦準備制度理事会理事長は、大学教授時代には、標準モデルの金融面での精緻化とファインチューニングに貢献した一人だった。ちなみに、リーマン・ブラザーズ破綻の前までアメリカの金融当局で支配的だった見解は、資産バブルの防止に消極的で市場の自由に任せる傾向が強いという特徴をもつ。これは「FEDビュー」すなわち「連邦準備制度の見方」と呼ばれる考え方である。このFEDビューの理論的根拠を与えたのがバーナンキ教授達のモデルだったといえる(もちろん、バーナンキ達のモデルができるまでには、いろいろな学者の貢献――清滝信宏とジョン・ムーアの基礎的なモデルや、カールストロムとフューエストの応用モデルなど――があった。また、バーナンキ達以外にも、クリスティアーノ、アイケンバウム、エバンスなども金融政策分析の標準となるモデルを開発しているが、ここではあまり詳しく触れることはできない)。
 たとえば1999年に発表されたバーナンキとマーク・ガートラーの論文がある。彼らは企業の設備投資が担保借入れで制約されるという条件のもとで、担保資産の価格がバブル的に変化した場合に経済がどう動くかをコンピュータ・シミュレーションで確かめる実験を行った。彼らはアメリカ経済と日本経済の特徴を模倣するモデルをコンピュータ内に構築し、金融政策がバブルに反応する場合と、反応しない場合とを比べた。その結果、金融政策が資産価格のバブルに反応してもしなくても、経済の状況に大きな変化はもたらさないこと、さらに、金融政策が資産バブルに反応しすぎると生産や雇用の変動が大きくなり、(金融政策がバブルに反応しない場合よりも)経済全体に与えるコストが大きくなることが示されたのである。他の研究者によるニュー・ケインジアン・モデルの研究でも同様の結果が示されており、現在の標準的なモデルは「バブルに反応する金融政策(一般物価が上昇しなくても、資産価格が上昇すれば金利をあげる、というような金融政策)は採用すべきではない」という見解を支持するものと解釈されている。
 バブルを事前に防止するのではないとすると、事後対応でどうにかするしかない。FEDビューでは、バブルが崩壊したあとに大規模な金融緩和政策を機敏に実施すれば大きな経済的コストは避けられる、と考える。むしろ、(日本のように)バブル崩壊後の政策対応に失敗することさえなければ、そもそもバブル崩壊の弊害はたいしたものではない、と考えられていたわけである。この信念は、グリーンスパンがITバブルの崩壊と9・11テロ後の市場崩壊を大胆な金融緩和政策で乗りきったことで、さらに強まった。

資産バブルの影響運転資金借入れこそ甚大
 バーナンキ・ガートラー・モデルのようなニュー・ケインジアンのモデルでは、バブルが崩壊しても、経済はそれほど大きな悪影響を受けない。政策対応をしなくても、そもそもバブルのコストは小さい、という結果が示される(だからこそ、金融政策はバブルに反応すべきではない、という処方箋が出てくるわけである...)。しかし、現実には、昨年秋から世界が経験したように、また、日本が90年代に経験したように、バブル崩壊はとてつもないコストを経済にもたらした。
 ニュー・ケインジアン・モデルがバブルの弊害を過小評価する理由は、交換の媒体としての貨幣の役割を十分にモデル化できていないことにある、というのが筆者の見解だが、それに関連するもう一つ別の理由もある。それは、「設備投資」が担保借入れに制約されている、というモデルの仮定である。バーナンキ・ガートラー・モデルでは、設備投資のために企業が借り入れる銀行融資が担保で制約されていて、担保資産のバブルは、担保制約を緩め、企業の設備投資の増加を誘発する。しかし、その投資誘発効果は意外に小さいので、モデルのなかでバブルが経済に与える影響も小さい。これが標準的モデルの示したことだった。
 ところが、本連載第5回(8月31日号)でも論じたように、担保借入れで制約されているのが設備投資よりも、企業の運転資金であったら話は違ってくる。企業の運転資金への制約は、労働や中間財の投入を制約し、生産性に大きな影響を与える。筆者のグループが行ったコンピュータ・シミュレーションでも、運転資金が担保借入れで制約されている場合、資産バブルはニュー・ケインジアン・モデルの場合よりも、ずっと大きな影響を経済に及ぼすのである。「企業の資金制約は設備投資への制約であるはずだ」という標準的モデルの固定観念が、バブルの過小評価を生んだと考えられる。

同シリーズコラム

同シリーズコラムをもっと見る

小林 慶一郎 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

小林 慶一郎 その他コラム・メディア掲載/論文・レポートをもっと見る

マクロ経済 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

コラム・論文一覧へもどる