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2009.09.15

第四回「マクロ政策と金融システム対策-分断された議論(その一)」

「ゲーデルの貨幣」-自由と文明の未来- 危機編 『週刊金融財政事情』 2009年8月24日号に掲載

クルーグマン教授との論争
交換媒体あるいは支払手段としての貨幣の機能は、現金を手から手に受け渡す場合を除いて、すべて銀行などの金融機関を介して実現する。金融機関の存在は、交換媒体としての貨幣の役割を重視した経済モデルを考えようとする場合、最も中心的な要素となるはずのものである。ところが、現在のマクロ経済学の議論のなかでは、交換媒体としての貨幣が軽視されているのと同様に、金融システム(金融機関の総体)も二義的な存在として限定的な扱いを受けている。象徴的なエピソードは、筆者のネット上のコラムを巡って起こったポール・クルーグマン教授(プリンストン大学)との論争である。
発端は、筆者が『週刊文春』に寄稿した次のような趣旨のコラムを英訳して、4月1日にVOXEU(欧米の経済学者が時事的問題などについてのコラムや研究紹介を発表するインターネット上のサイト)に掲載したことだった。
「昨年秋以降、欧米のエコノミストや研究者は『財政出動が景気回復をもたらす』という希望にあまりにも過剰に依存しているのではないか。日本のバブル崩壊後の20年間の経験からみても、財政出動と金融緩和で総需要を下支えするだけでは、時間稼ぎにはなっても、問題の根本解決にはならない。米国経済や世界経済が安定した成長を取り戻すためには、政治的困難を伴ったとしても、抜本的な不良資産処理を早急に推し進める必要がある。財政出動などマクロ政策に過度の期待を寄せる欧米諸国は、不良債権処理から目をそらした90年代の日本と同じ道をたどりつつあるのではないか」
 筆者のコラムに対して、昨年のノーベル経済学賞受賞者であり、有名コラムニストでもあるポール・クルーグマン教授がコメントを寄せた。ニューヨークタイムズ電子版にあるクルーグマン氏のブログで、「自分は小林の見解におおむね共感するが」と断りつつ、クルーグマン氏は次のような趣旨の反論を述べた。
 日本がバブル崩壊後の不況から脱出したのは、銀行改革(つまり不良債権処理)が原因だったとは考えにくい。マクロのデータでみると、日本は03年から07年まで景気拡大を経験したが、その原因は、輸出の増加である。銀行が景気に影響を与えた証拠(おそらく銀行信用の拡大によって設備投資が増加したというような現象をクルーグマン氏は想定しているものと考えられる)は、データからは見出せない。結局、不良債権処理は日本の景気回復と無関係だったのではないか。
このクルーグマン氏のコメントに対し、筆者は反論のコラムを発表した(朝日新聞のコラムとして日本語で発表したものを、英訳した)。
 輸出の増加が可能になったのは、日本の不良債権処理にメドがついて、経済全般に蔓延していた金融システムへの不信感(これは、まさに支払いの履行が実施されないのではないか、という資金の決済を巡る不信であり、交換媒体を提供するという意味での金融仲介機能に対する不信といえる)が薄らいだからではないか。アメリカや中国の高成長環境は90年代後半にも2000年代前半にも存在していたのであるから、問題は、なぜ90年代後半には輸出が伸びなかったのに、2000年代に入ると輸出が伸びたのか、という点である。為替の問題や、アジアの分業構造の進展度合いの違いなど、いろいろな要因があるのはわかるが、やはり、金融システムの状況の違い(90年代は不良債権問題のために不信が蔓延していたのに対して、2000年代にはその不信がある程度払拭されたこと)も大きな違いだったのではないかと思えるのである。このような趣旨のコラムを4月27日にVOXEUに掲載すると、即日、クルーグマン氏の反応がニューヨークタイムズのブログに掲載された。

景気回復の原動力は不良債権処理か輸出か
銀行信用が拡大し、それが景気回復の原動力だったのだとしたら、企業の設備投資が増えているはずだが、日本の景気回復期にはそのような傾向はみられない。クルーグマン氏はこのように主張し、不良債権処理による銀行システムの健全化は景気回復とは関連がなかったと結論づけている。クルーグマン氏は、日本に限らず、古今東西の金融危機の事例では、景気回復の原動力になったのは(典型的には通貨下落による)輸出の増加であった、という。今回のグローバル危機の困難な点は、地球全体が危機に陥っているときは、定義により(地球から外への)輸出を増やして景気回復するわけにはいかないので、これまでの金融危機からの脱出の公式が成り立たない点である、と指摘している(「われわれは、火星に輸出でもするしかない」とクルーグマン氏はジョークを書いている)。
筆者はこれ以上の反論は英語ではしていないが、クルーグマン氏の見方にはなかなか納得しがたいところがある。まず、「金融システムの健全化は企業の設備投資を増大させるはずだ」という前提をクルーグマン氏はもっているが、それは金融システムの機能を一面的にとらえた見方のように思われる。この見方は、金融機関が不健全になれば、クレジットクランチによって、企業への資金供給が(過度に)収縮し、それが投資を抑制して、経済を悪化させる、という見方を前提においている。しかし、支払いの仲介(すなわち金融システムが有する主要な機能である資金決済の機能)に不安や不信が高まった場合、資金供給側の収縮だけが発生するわけではない。金融機関が資金を融資したくても、借手側が不安や不信のために借入れを抑制する、という可能性がある。さらに、金融システムを仲介とした支払いを伴う企業行動は、設備投資だけではない。賃金の支払い、原材料や中間財の購入代金の支払いなど、投資ではなく生産や販売のあらゆる局面に金融機関を通じた支払いが関係している。こうした幅広い支払いが阻害される効果をクルーグマン氏の議論は十分に考慮していないと思われるのである。
(以下次回に続く)

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