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2018.11.05

【人類世の地球環境】貴方から未来へのプレゼント

株式会社 オーム社 技術総合誌・OHM 2018年10月号に掲載

  • 杉山 大志
  • 上席研究員
    杉山 大志
  • [研究分野]
    資源・エネルギー、環境

 地球温暖化問題に関わっていると、遠い将来における温暖化の被害をどう評価するか、という問題にしばしば行き当たる。これは「世代間の公平」の問題と呼ばれる。また、その被害を減らすにあたり、今のCO2排出を1t減らすためには、いくらお金を掛けるべきか、という推計は「社会的費用の推計」と言われる。

 だがこのような議論で、よく抜け落ちてしまっているのが、将来の人々は我々よりもずっと豊かであろう、という、ほぼ確実な想定である。世界のGDPはだいたい毎年2%ぐらいで成長している。すると35年で倍増、70年で4倍増になるわけだ。35年で倍増するなら、仮にその半分が温暖化の被害で失われたとしても、今の我々と同じ所得に戻るだけだ。実際には、温暖化の被害はせいぜいGDPの1~2%程度と推計されているので、この状況には程遠い。つまり、このような計算をしている限りは、CO2の削減は正当化できない。将来に温暖化の被害があるにしても、それは今より遙かに裕福な人々の所得をほんのちょっと損なうだけだからだ(本稿では深入りしないが、CO2排出の社会的費用は30ドルといった、もっともらしい数値を出す研究があるが、これはナンセンスな経済モデルに依拠した計算上のマジックに過ぎない)。

 では、なぜ将来世代は豊かになるのだろうか? 現在暮らしている人々は、ほとんどの場合、自分の生活のために働いているだけだ。50年後の人々のためを思って働いている人は稀だし、50年後の子孫に命令されているわけでもない。

 経済学の逸話として「神の見えざる手」というものがある。これは人々が、自分自身のために働いた結果として、経済全体が上手く回るというものである。パン屋はパンを作り売ることだけを考え、経済全体のことは考えない。だが各々の人が持ち場で仕事をすることで、経済全体は上手く機能する。これはあたかも神の見えざる手に導かれているような不思議なものだ、ということだ。

 将来世代が豊かになるのも、実は神の見えざる手によるものだ。日々の経済活動において、新しい技術が開発され、販売されて、市場でテストされる。この結果、日々、生産性は向上していく。個々の人々は自分の利益のために活動しているに過ぎない。だが一度生まれた技術は二度と後戻りせず、無数の技術が蓄積され、それが経済成長の源泉となる。

 この時、現在世代が自分達のために作り出した技術の蓄積は、そのまま将来世代へのプレゼントとなっている。換言すると、現在時点の技術開発は、将来世代に対して大きな「正の外部性」(経済学用語で「おこぼれ」のことをこう言う)があるわけだ。人々は、それと意識することなく、せっせと将来世代のために働いているわけだ。

 今から70年前の1948年にタイムトリップして、若い頃の祖父母や父母たちと対話することを考えてみよう。皆とても貧しい。もし当時の人々が、70年後の地球温暖化が心配だから、エネルギーに課税してその利用を制限しますと言ったら、どう思うだろうか? 私なら、まず何よりも、お願いだから止めて欲しいと思う。そんなことより、まだ暮らしが大変なのだから、少しでも楽をして欲しいと思う。これは純粋に道徳的な気持ちから言っている。

 ところが実は、打算として考えても、その方が70年後の私にとってありがたい。安いエネルギーがあるなら、それを使って経済成長しておいてくれた方が、私へのおこぼれも増えるからである。そして、これは実際にそうだった。日本の高度経済成長は、安価な石油に下支えされていた。このおかげで、あらゆる技術が進歩し経済も発展し、我々は今、豊かな暮らしを謳歌している。

 では、日本ではなく、貧しい国々はどうなのか? もし貧しい国の人々が心配ならば、遠い将来の豊かになった人々よりも、今日の貧しい人々にすぐに支援の手を差し伸べる方が重要である。今CO2の削減をして50年後の途上国の温暖化被害を減らそうとする人は、50年後に、きっとこう言われるだろう。「どうして、私ではなく、もっと貧しかった私の父母を助けてくれなかったのですか?」。

 ということで、かなり極端な被害を想定しない限り、CO2削減は経済計算では正当化できない。正当化するには、何か別の理由がいる。

 さて、今日も頑張って働けば、少しずつだけれども、技術の蓄積と経済の成長に貢献することになる。これこそが、将来の人々への、貴方からのとても素敵なプレゼントになっている。

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