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2017.10.04

【人類世の地球環境】カザフスタン 灌漑がつくった国

株式会社 オーム社 技術総合誌・OHM9月号に掲載

  • 杉山 大志
  • 上席研究員
    杉山 大志
  • [研究分野]
    資源・エネルギー、環境

 今夏は、中央アジア・カザフスタンの首都アスタナで万博が開かれていて、講演に招かれ訪問する機会があった。カザフスタンは日本の7倍の広大な面積を持つ。東は中国の新疆ウイグル自治区に、北はロシアに接する。西はカスピ海に達する。国土は大半が草原で中央部に砂漠があり、山は南と東の国境付近に限られている。ステップと呼ばれる草原と砂漠はひたすら平坦で、北のシベリア低地に連なる。

 中央アジアの気象はスケールが大きい。カザフスタンの南には7,000m級の天山山脈とパミール高原が連なる。インドの南から吹いてくるモンスーンの雨は8,000m級のヒマラヤ山脈とその西に連なるヒンドゥークシュ山脈に完全にシャットアウトされて、これより北には雨は降らない。カザフスタンの降水は、遙か北極や大西洋からもたらされ、北風が天山山脈に当たって雪となる。天山山脈より南はこの水分もシャットアウトされ、広大なタクラマカン砂漠となる。日本列島は3,000m級の山しかないが、それでも冬は、関東地方はカラカラになる。この倍以上の高さの山が連なるので、中央アジアではさらに徹底的に水分が搾り取られる。

 ロシアのシベリア低地では、寒い湿地に森林が連なっている。それがカザフスタン北部で終わりになり、そこからカザフスタン内には広大なステップが連なり、南に行くにしたがって乾燥し砂漠になる。雨はきわめて少なくなり、ステップでも年間300mmがせいぜい、砂漠はそれ以下である。砂漠は、夏は40度、冬はマイナス20度と、暑さ寒さが極端になる。

 これだけ気象が厳しいとなると、ちょっとした気候変動に人々が翻弄されてきたことは想像に難くない。

 人口ポンプという仮説がある。それは、温暖で湿潤な時期には草原の人口が増加し、逆に冷涼で乾燥した時期には、草原で養いきれなくなった人々が、草原から出て他の地域に移住ないし侵入する、という説だ。

 中国での三国時代から五胡十六国の乱にかけての時期には、華北地域が乾燥して農耕に適さなくなり、食料の奪い合いから戦争が起きて、そこに北方から異民族である五胡が侵入した、という説がある。この説は確証されていないようだが、湖底中の土壌の花粉分析などにより、古気候の復元研究が進められている。

 だが、このような厳しい気象の中にあっても、というよりも、厳しい気象であるがゆえに、やはり人類は環境を大幅につくり変えてきた。

 天山山脈の北側に沿って飛行機で飛ぶと、雪解け水が一筋流れ出した扇状地に緑色の畑があり、その中に集落がある。そのような集落が数㎞から数十㎞置きに点在している。

 ところどころにダムがあり、その下には大きな町がある。その周辺はひたすら乾燥している。水のある所だけ緑があり、作物が育ち、人が住んでいる。

 このあたりは昔のシルクロードの天山北路にあたる場所で、漢代には50国とも80国とも言われたオアシス国家が存在した。

 オアシスでは、カナートと呼ばれる灌漑が、紀元前1000年にはすでに存在したというから驚きだ。これは扇状地の地下水を地下用水路で導いたものである。遊牧民であってもオアシスの定住民と交易して穀物や野菜を得ることは必須だったということから、この地域の人々は皆、灌漑とともにあったことになる。

 カザフスタンで灌漑というと、アラル海での環境破壊が有名になってしまった。アラル海にそそぐアム川とシル川で、綿花等の栽培のために大規模に灌漑をした結果、水量が激減して、アム川はアラル海に到達する前に消滅し、アラル海の8割が干上がってしまった。灌漑の仕方がまずく、土に染み込んだり蒸発する水も多く、大量の化学肥料を投入したせいもあって、塩害が生じた。アラル海には豊かな漁場があり、食品加工工場もあったが、今では町は廃墟になった。

 だが、万博会場でカザフスタンの大学生と話をすると、なおも灌漑を含めて農業開発は良いことだと信じているようだ。アラル海についても、やり方の改善は必要だが、灌漑自体を止めるとは言わない。グーグルアースで見ても分かるが、確かにアラル海は干上がっているが、その上流のアム川とシル川の流域では広大な緑地が広がっている。ここでの農業は重要な産業となっている。人々は昔から、そして今も、灌漑とともに厳しい自然の中を生き抜いている。

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