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2017.07.18

原子力損害賠償制度の目的

  • 研究主幹 芳川 恒志 /
    「原子力と法」研究会座長 豊永 晋輔

 原子力を「安全に」利用することが非常に重要であることは疑いない。原子力の安全確保についての制度を見渡してみると、第一の制度的手段は国による原子力安全規制であるが、原子力損害賠償も安全確保に寄与するというのが、我々の問題意識である。今回は、原子力損害賠償制度についてまずその目的から検討してみたい。



1 法制度の目的を考える意義

 法制度の目的を考えることは、「法」とは何かという問題にも関連するなかなか難しい問題であるが、法制度をより良い世の中を形作るための手段であると考えると、ある制度・法律の目的規定は、手段・制度としての存在意義を示していると言ってよい。

 もう少し具体的には、ある法の目的規定は、裁判所が当該法の解釈を行う際の最大の指針となる。法律は言葉で規定されており、言葉で森羅万象を規定することは不可能である以上、ある言葉(例えば「異常に巨大な」という言葉)の意味を考えざるを得ない。この作業を法解釈と呼んでいる。そして、裁判所は、法解釈に当たり、法制度の目的に従って解釈しなければならない。



2 原子力損害賠償法1条の規定

 では、原子力損害賠償制度の目的は何だろうか。

 最初の手がかりは、法律の条文である。「原子力損害の賠償に関する法律」を見てみよう。「原子力損害の賠償に関する法律」1条は、見出しに「目的」とあって、「この法律は、原子炉の運転等により原子力損害が生じた場合における損害賠償に関する基本的制度を定め、もって被害者の保護を図り、及び原子力事業の健全な発達に資することを目的とする。」(下線部筆者)と規定する。

 ここから、「被害者保護」と「原子力事業の健全な発達」の2つが、原子力損害賠償制度の目的であることが分かる。とはいえ、これだけでは、2つが併記されていることの意味が分からない。



3 大気汚染防止法1条との対比

 そこで、類似の事柄を扱う法律と対比してみよう。ここでは、大気中に有害物質を放出した場合の損害賠償責任について規定した、大気汚染防止法と対比する。大気汚染防止法第1条は、「目的」という見出しに続いて、「この法律は、工場及び事業場における事業活動並びに建築物等の解体等に伴うばい煙、揮発性有機化合物及び粉じんの排出等を規制し、有害大気汚染物質対策の実施を推進し、並びに自動車排出ガスに係る許容限度を定めること等により、大気の汚染に関し、国民の健康を保護するとともに生活環境を保全し、並びに大気の汚染に関して人の健康に係る被害が生じた場合における事業者の損害賠償の責任について定めることにより、被害者の保護を図ることを目的とする。」(下線部筆者)と規定する。

 重要なのは、最後の部分である。大気汚染防止法は、「被害者の保護」のみを規定して、「事業者の健全な発達」には言及していない。原子力損害賠償制度が、単に、原子力事故の被害者を、損害賠償により救済するための制度であれば、この「原子力事業の健全な発達」という言葉は不要なはずである。これは、原子力損害賠償制度の特殊な点であり、原子力損害賠償も安全確保に寄与するという問題意識への鍵となる。大気汚染防止法の他にも、製造物責任法などの目的規定は、「被害者の保護」にのみ言及している。



4 「被害者の保護」という目的

 なお、「被害者の保護」が原子力損害賠償制度の目的であることについては、異論がない。それは、損害賠償というものが、本質的に被害者の受けた損害を填補するという性質を有しているからである。

 これに対して、「原子力事業の健全な発達」という目的をどのように解釈するかについては、いくつかの解釈がありうる。



 ということで、「原子力事業の健全な発達」という言葉が何を意味するのか、原子力事故の抑止とどう関係するのかについて、次回以降検討することとしたい。

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